今回のGPSログはこちら↓
当日のデータ:(2025/09/28)
所要時間と距離 1時間31分、累積距離5.6㎞、累積標高69m
天気 晴れ
気温、湿度、風速 データ失念
荷重 1.5kg
さらさくらの湯駐車場スタート/ゴール
さらさくらの湯からスタート(1418)
東大演習林と諸戸北郎博士の案内看板
諸戸北郎博士は、六華苑で知られる諸戸清六の一族だそうな。(1419)
愛知用水 前原開水路(1427)
大畔池
工事中の星和橋、橋脚だけになった。(1428)
虫鹿神社 奥社
齋藤別当実盛ゆかりの神社です。(1446)
拝殿(1447)
境内に鉄塔
比較的新しいので、リニア関連かなあ。(1448)
高台に位置するので眺めよし(´▽`*)(1449)
落ち葉キャッチャー、賢ーい!(1454)
カフェ夢 さん
モーニング営業の喫茶店のようです。(1456)
灌漑用のため池かな(1557)
虫鹿神社
「犬山たび(城東編)」で記事を読み、気になっていたのでお参りできて嬉しいです。(1503)
舞台殿(1504)
拝殿
国常立尊、国狹槌尊、豊斗渟尊、天照大神、菊理媛命が祀られています。(1505)
続いて、天道宮神明社へ。途中、白雲寺歴代住職供養塔を探すつもりが発見できず…
(グーグルのストリートビューで石塔が写っているので、単に私の不注意です)
山の神様
普段は山に棲む精霊だそうな。精霊とかファンタスティックな響き…°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°(1512)
天道宮神明社 拝殿。3年半ぶり2回目です。また来られて嬉しい(´▽`*)
高皇産霊神、豊受大神、須佐之男命が祀られています。その昔は、入鹿村に鎮座してましたが、寛永9(1632)年の入鹿池造成にあたり、前原へ移住した村人たちによって当地へ引っ越してきました。
こちらの拝殿は、平成10(1998)年に魚津社寺工務店さんによって修復が施されました。(1513)
(1514)
白雲時廃寺跡
慶長10年(1605)年、犬山城主・小笠原吉次によって天道宮の神宮寺として再建されました。その後、維新の廃仏毀釈で廃寺に。詳しい説明看板はこちら。(1516)
参道を横断するように橋脚が建てられてます( ゚Д゚)
将来的にバイパスが通るのかしら。(1517)
楼門
文化財指定されています。そして今回も左右両脇に据えられている武将が誰なのか分からないのであった…(苦笑)
ちなみに、こちらの楼門も平成9(1997)年に魚津社寺工務店さんによって修復がなされました。(1518)
(振り返って撮影)
お祭りの幟が立っていると、ちょっと華やかでいいねー。どうでもいいけど、社号標の傍にある愛犬マナー看板が切ない…。←一部、ぼかし加工したら小汚さ倍増(´Д`)(1523)
上街道に合流。
道路の向こうに御嶽神社(1523)
…の壁向こうは鶴棲山 福昌寺さん。
臨済宗妙心寺派のお寺さんです。寺伝によると、約500年前、入鹿村に法智普光禅師によって開かれたそーな。その後、入鹿池造成でこちらへやってきました。(1524)
弘法堂(1526)
常夜灯(1527)
3年半前と同じ場所にある道標。移動されなくてよかった!
光背に「右いまい(今井)左ぜんじの(善師野)道」の彫字。前回は 「左ぜんじの(上街道)」を歩きました。今回は「右いまい」に進みます。(1528)
馬頭観音が据えられています。(1530)
乗馬クラブのお馬さん。つぶらな瞳がかわいい(*´▽`*)(1533)
ミゾソバのつぼみ(1536)
はい、おつかれー。
無事、さらさくらの湯に戻ってきました。お風呂に入って帰りまーす。(1548)
犬山市城東地区さんぽ(2025年9月)はこんな感じ。今回歩いた、旧道と思しき箇所を今昔マップで見るとこんな感じ(前回の地図を流用。明治21(1888)年の地図)。ちょっと分かりにくいので、ひなたGIS(戦前1/5)地図で再確認したのがこちら。 緑の線が歩いたと思しき道です。今回も勉強になりました。
さて次はどこに行こうかな
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