その1↓の続きです。
今回のGPSログ(ルート)はこちら↓
(全体のルート)
↑日野川から西池まで。
日野川沿いの土手を進みます。ちょっとくたびれてるけど案内図もあるよ。(0929)
バッタ(結構でかい)にただ乗りされる。びっくりしたわー( ゚Д゚)(0932)
日野川にかかる横関橋を渡ります。(0935)
下流側の眺め。
水源は鈴鹿山脈の綿向山、滋賀県内を流れ琵琶湖に注いでいます。この水流に筏を浮かべれば琵琶湖に行けるのねー(いや、そんな簡単なもんじゃない(笑))(0936)
対岸の土手を歩くよー(0937)
案山子が方向案内してる(´▽`*)(0940)
横関川の渡し跡
広重が描いた場所はここね!
河原まで下りられることが後ほど判明。寄ればよかったな。(0943)
害獣除けのフェンス
日中は開放してるっぽい。(0945)
若宮神社 舞台殿(0948)
拝殿
大鷦鷯尊(仁徳天皇)が主祭神に、加具土神が配祀神に祀られています。詳しい説明はこちら。(0949)
石流山 浄泉寺
浄土宗のお寺さんです。(0951)
(0954)
水口道 道標
「是よりいせみち」「ミなくち道」東海道水口から伊勢を結ぶ街道です。(0959)
善光寺川にかかる善光寺川橋を渡ります。(1002)
和食や「よしつね」さん。牛若(義経)ゆかりの地っぽい店名。(・∀・)イイネ!!(1006)
常夜灯
2022年に「いつか中山道ウォークとして再訪」と独り言ちていた 鏡の宿にやってきました。岐阜県内が終わり「滋賀県内も頑張るわ」と目標を新たにしてた時です。現段階の目標、西は三条河原…じゃない、三条大橋を目指します。大津から三条大橋まで10㎞くらいなので。(1008)
旅籠 吉野屋跡
鏡の宿は、こうして往時の屋号が掲げられています。素敵ねー(´▽`*)(1009)
真照寺(横着してズームで撮影)
天台宗真盛派のお寺さんです。壬申の乱で戦死した鏡王(額田王の父)が葬られているそうな。(1010)
本陣跡、駐在所跡(横着して…)
東山道では宿駅でしたが、中山道時代の鏡の宿は守山宿、武佐宿の間の宿(あいのしゅく。宿泊の許可がない休憩のみの場所)として機能していました。間の宿でしたが、紀州候の定宿として本陣、脇本陣が置かれていました。(3年前の記事をコピペ(雑))(1013)
旅籠 加賀屋跡
それより目立つ政党ポスター…。(1014)
鏡神社
折角なのでお参りしましょー(1015)
義経烏帽子掛けの松(説明看板付き画像はこちら)←3年前の画像です
義経の元服は、承安4(1174)年3月。この時は、平家に追われ、いざ平家が滅べば兄・頼朝に追われ…何というか厳しい人生だな。(1015)
八幡神社(1016)
…の隣に御幸山登り口
今回は捻挫もしてないし、雨も降ってないので登ります。(1017)
御野立所
大正6(1917)年11月の陸軍特別大演習の折、宮様が休まれた場所です。(1019)
はい、山頂。(1019)
…からの眺め。眺望はない。
大正天皇が登られたときは伐採されてたんでしょう。(1019)
下山して鏡神社 舞台殿(1022)
重文指定を受けている本殿
天日槍尊を主祭神、天津彦根命、天目一箇命が配祀神として祀られています。
アメノヒボコは海の向こうからやってきた神さまだね。(1022)
…大臣?!(1026)
牛若が元服に使ったとされる池(1027)
この水面に顔を写して姿を確認したそうな。(1027)
道の駅で休憩(1028)
元服で使った盥(複製)
ちなみに、実物の盥は、板切れ1枚になってしまっているとか。まあ千年も前のことですしね。(1034)
ちょっと読めない…(;´Д`)(1046)
旅籠 桃花屋跡(1047)
まだまだ続くよー。
続きはこちら☆彡
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