今回のGPSログはこちら↓
当日のデータ:(2025/07/25)
所要時間と距離 1時間25分、累積距離5.1㎞、累積標高143m
天気 晴れ
気温 34.5~33.5℃
湿度 54%
風速 3m
荷重 1kg
小野洞砂防公園駐車場スタート/ゴール
5年ぶりに来ました、小野洞砂防公園。このあたりで標高110mくらい。ここから継鹿尾山に登ると160m強の登坂で、寂光院の駐車場から登るより、ほんのすこーし登坂が少ないです(3~40mくらい少ない)
うっかり17時をすぎても大丈夫なように園外に駐車(17時になると施錠されます)
未舗装道に入ります。木々越しに見えるプールみたいなのは犬山浄水場。
小野洞砂防公園とひばりが丘公園を結んでいた木橋は取り壊しになってました。渡ったことないけど。
木道を進むよ。楽しい(´▽`*)…けど、苔が滑るよー(苦笑)
ため池?
心の眼が要る園内地図
治水などの土木技術を紹介していることは分かった…気がする。
デレーケ式ダムを写したつもりだったけど、↓の岩組ダムを写していた(爆)
ちなみに、デレーケさんは騙し絵のエッシャーさんのお父さんだよ(つまりオランダ人)
岩組ダム
傍らの説明看板はこちら。
ミニ吊り橋(´▽`*)
手前の植物はリュウゼツランかなあ。テキーラつくるやつ。
道なき草原を適当に進み…
砂防ダムの横を適当に進み…
ひばりが丘公園に来ました。
四等三角点「永洞」
ローラー滑り台からの眺め。こちらの滑り台、対象年齢は12歳まで。だけど、こっそり滑っちゃった。だって楽しそうだったんだもん(中身が子どもすぎる)
あの森を越えられそうね。行ってみよー。
竹林を進みます。
竹の籠や笊ってSDGsよね。
犬山配水場のタンクの脇を通り、そろそろ駐車場に戻ろっかなーと来てみたら
立ち入り禁止(´Д`)
突っ切れそうな気もするけど、いい歳こいたおばさんが不法侵入とか笑えないので来た道を戻る…。
西の池
灌漑用池です。犬山はため池がたくさんあるね。
「←永洞古墳」の看板発見。そりゃ、行っちゃうよね~
永洞古墳に到着。どこからが古墳か分かんないけど、ちゃんとした看板もあるので、ちゃんとした古墳なんでしょう(失礼)
看板アップはこちら(草もうもうであまり近づけんかった)
昭和9(1934)年、農地開墾中に刳抜式家形石棺が発見され、世の知るところとなりました。石棺は善師野石で作られたと考えられているそうです。石棺はその後、地元住民の「発掘の由来を示しつつも、古墳主の霊を祀りたい」という言葉を聞いた調査官・小栗鉄次郎によって現地へ埋め戻されました。
「お墓だから、そのまま戻してあげて」と訴えた優しい住民たち、それを是として埋め戻しを決めた小栗鉄次郎、どちらも尊いわ…(涙)
まだ踏み跡があるわね。
むう、ここまでか…。
小野洞砂防公園に戻ります。
はい、おつかれー。
無事、公園駐車場に戻ってきました。
おまけ:
瑞泉寺
散歩途中で瑞泉寺にお参りしようと思っていましたが、スルーしてしまったので帰り際に寄り道。
お寺さん及び、小野洞砂防公園へ向かう坂道の脇に「瑞泉禅寺別院」の寺標が建っているので、青龍山 瑞泉寺の別院かしら。
庫裏に車が停まっていたので、無住ではないのかもだけど、どことなくくたびれた雰囲気…。
寺庭
お盆前で忙しいのかしらね。いや暑すぎて外の作業ができないのかも(苦笑)
今昔マップによる今回歩いた場所の比較
モンパ開園が昭和35(1960)年、犬山浄水場の給水開始が昭和49(1974)年(工事は昭和45年から)なので、地図は全く異なるだろうと予想はしていたけど、予想をはるかに上回る異なりっぷりです。明治のころは成田山もなかったのね(戦後の開山、昭和28(1953)年だそーな)
犬山市富岡地区さんぽ(2025年7月)はこんな感じ。予期せぬ古墳発見にコーフンしました。未踏の道は、新たな学びがあって楽しいねえ(´▽`*)
さて次はどこに行こうかな。
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