[旅]三国街道・塩沢宿、牧之通りに行こう!(新潟(2022年11月)その7)

1泊2日で新潟に行ってきました。1日目は北陸道経由で上越、越後湯沢で投宿、2日目は長野まで国道117号線、その後は長野道経由で帰ってきました。スケジュールは、1日目が春日山城址、高田城址、清津峡、湯沢で宿泊、2日目は毛渡沢橋梁、越後湯沢駅、三国街道塩沢宿、長野で松代象山地下壕に立ち寄ってから帰宅しました。

その6↓の続きです。


越後湯沢駅から(途中、スーパーマーケットに立ち寄りつつ。寄らなかったら20分くらいの距離です)45分。三国街道・塩沢宿、牧之通りに到着。
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駐車場に車を停め、休憩スペースでトイレを借りていざ散策。電動キックボード(beam)のレンタルがありました。

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宿場町の地図
三国街道は、中山道の高崎から北陸街道の寺泊を結ぶ街道です。上杉謙信の関東遠征や、江戸時代の参勤交代、佐渡奉行や新潟港巡検・八州廻りなど多くの要人をはじめ商人、旅人に利用されました。旧街道と知って、ワクワクしながら地図でルートを確認してみたら、場所(三国峠とか)によっては(中山道も長野、群馬は似たような感じですが)冬は雪、夏は熊に注意って感じ。うーん…歩いてみたいような、でも一人ではちと怖いような。

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電柱は地中化され、往時の宿場町が再現されています。しかも普通に住まわれていらっしゃる。素晴らしいです。

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「雁木」と呼ばれる家の前に出した庇
雪除けとして各々の軒先を公共の通路として提供くださっています。雪国の暮らしは相互協力が基本なのね、大変だわ。

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塩沢信用金庫本店
大きく描かれた分銅がいいね!その昔、江戸では金、大坂では銀で商いが行われていました。また、広く一般には銭(寛永通宝とか。銭形平次がぶちまけるやつ)も使われていたので両替商の存在が必須でした。国内で3種の通貨が流通していたのですね。…なかなか面倒だな。



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鈴木牧之が著書「北越雪譜」で紹介した異獣(雪男)
こんな形をしているのに、おにぎりが好物だったり、人助けしちゃったりとかギャップ萌え妖怪。カワ(・∀・)イイ!!

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同じく「北越雪譜」で紹介されている雪の結晶いろいろ
「北越雪譜」の発刊は天保12(1841)年なので、その時には既に金持ちの家には顕微鏡があったのね。ちなみに、日本ではじめて顕微鏡で雪の結晶を見たのは古河藩主・土井利位。天保3(1832)年のことだそーです。

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塩沢郵便局
こちらの局の風景印はこんな感じ。

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道路元標(左)
真ん中の方角案内碑、中心に雪が描かれてるのがかわいいー。(伊勢、京都、金沢が示されているので)右が西の方角です。
右側の石碑背面には「つらつらかんがふるに業を楽しむ者は必ず栄え業を怠る者は忽ち滅ぶ 牧之翁処世術」と彫字されています。
通りの名前にもなっている鈴木牧之って誰なのー、と検索したら新潟日報のサイトに中高生向けの人物紹介がありました。出版まで40年。えぇ…。

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がっつり雪対策が施された住吉神社
11月下旬の雪国はオフシーズンなのでしょう。雨で寒く、人出がなかったこともあり、通りはとても落ち着いていました。
でも、地域の方たちが宿場を大切にしている様子がそこかしこに見受けられ、ほっこりしました。

帰路につきつつ、次の目的地・長野市松代に向かいます。
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