今回のGPSログ(ルート)はこちら↓
(↑石仏駅から岩倉駅まで)
岩倉城址~徳重・名古屋芸大駅間、GPSエラーが出ちゃいました。緑ラインが正しいルートです。GPSエラーが出てしまった箇所の詳細はこちら→その1、その2、その3
(↑岩倉駅から大山寺駅まで)
(↑大山寺駅から徳重・名古屋芸大駅まで)
当日のデータ:(2022/09/07)
所要時間と距離は1時間29分、累積距離5.5㎞、累積標高2m
天気 晴
気温 33~31.5℃
湿度 56~60%
名鉄石仏駅スタート/徳重・名古屋芸大駅ゴール
石仏駅からスタート
(1529)
前回終了地点、街道合流
(1531)
次の角を右へ曲がります。
(1532)
熊野神社
(1536)
立野天神
(1540)
福寿稲荷大明神
(1550)
信貴山宝生寺
真言宗のお寺さんです。
(1552)
山門右脇に馬頭観音
(1552)
本堂
(1552)
丁字を左へ
(1557)
次の角を右へ
(1600)
素敵な幟屋さん・旗屋中島屋代助商店
(1602)
看板アップ。レトロでいいわねー
(1602)
神明太一社 拝殿
天照皇大神、豊受皇大神、国常立神 がお祀りされています。
(1603)
摂社の猿田彦神社、出雲神社
(1604)
街道に戻ります。
中島屋幟店
天正年間創業だそうです。すごいわね!
(1605)
神明生田神社 拝殿
大日霊命(天照大神)、稚日女命がお祀りされています。
(1610)山内一豊生誕地碑
当地のほか、一宮・黒野という説もあります。個人的には、一豊の父(盛豊)が岩倉城主(織田信安)に仕えていたので、岩倉生誕説が濃厚かなと思うけれど、信安に黒田城代を命じられているので、そちらの説も一理あるのよねー…。
(1611)
石碑アップ
(1611)
護国山 吉祥寺
曹洞宗のお寺さんです。山門の山号は、總持寺独住第25世貫首、曹洞宗管長などを務めた江川辰三禅師の揮毫です。
どこかで聞いた名前だな…と思ったら、三ツ渕の正眼寺の住持をなさっていた方だわー。
(1617)
本堂
(1617)
岩倉街道、岩倉城址 道標
(1619)
岩倉城址
文明11(1479)年頃に、織田敏広(もしくは織田信安)によって建てられました。その後、浮野の戦いで信長に攻められ永禄2(1559)年に落城しました。
(1622)
お城の復元予想図
五条川あたりまでがお城だったよう。五条川から水を引き込んで堀を満たしていたのねー。
(1622)
本丸跡の「織田伊勢守城址」の碑は安政7(1860)年建立だそうです。
(1622)
街道に戻ります。
(1624)
新明太一宮二神門舊蹟(旧跡)
民家の角にひっそりと建っています。
(1626)
周光山 廣福寺
浄土宗のお寺さんです。
(1631)
犬山線を渡ります。
(1640)
ペットボトルすだれ。力作!
(1642)
奥に見える緑色のアーチ型屋根の建物が大山寺駅
(1643)
中電パワーグリッド岩倉電力センター
(1646)
五条川にかかる生田橋を渡ります
橋東たもとに新明太一宮一神門舊蹟(旧跡)。ここまでが広い意味での参道なのね。ここから神社まで2.5㎞もあるよー。
(1650)
橋の上から。真ん中ちょっと上に写っている鉄橋は犬山線
(1651)
はい、おつかれー。
無事、徳重・名古屋芸大駅に到着です。
(1657)
岩倉街道(柳街道)を歩こう![3] はこんな感じ。山内一豊、岩倉(もしくは一宮)の生まれだったのねー。勉強になった!岩倉城址の縄張り図も勉強になった(思ってたより立派でした(笑))!さて次回は、今回のゴール徳重・名古屋芸大駅から上小田井駅までを歩きます。
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