その2は、広重の「木曾海道…御嶽」に描かれた十本木茶屋(跡地)の先、謡坂石畳から名鉄御嵩駅まで。
その1↓の続きです。
今回のGPSログはこちら(全体)↓
↑十本木茶屋跡から和泉式部廟所まで
↑和泉式部廟所から名鉄御嵩駅まで
謡坂石畳を進みます。
急坂を疎んで、歌をうたいながら坂を登ったことから「うたう坂」→「うとう坂」となったそうな。
(1320)
ちょっと寄り道。脇道に進んで隠れキリシタン遺跡を見に行きます。
(1322)
七御前遺跡
昭和56(1981)年の道路拡張工事で発見された隠れキリシタンの遺跡だそうです。
濃尾崩れを思い出しました。何かしら関係があるかも。
(1325)
マリア像が建っています。
(1325)
道路対面には休憩所があります。
近所のおばあちゃんが清掃中でした。大事にされてるー。
(1326)
中山道に戻ってきました。
(1330)
耳神社
名前の通り耳の神様です。
(1335)
その昔、耳の調子が悪くなった大工がこちらの神社にお参りしたところ、たちどころに快癒、「耳が通るようになった」に因んで錐(貫通させる道具)をお供えしました。それ以来、病が平癒すると、錐もしくは年の数だけ編んだ簾を奉納するそうです。
(1335)
馬頭観音
こちらも石窟に納められています。
(1344)
牛の鼻欠き坂まで来ました。
(1344)
歩きやすいように、巻道になっています。
(1345)
巻道の途中から坂を見上げるとこんな感じ。画像では分かりにくいけれど、かなりの急坂です。直登すると、確かに牛の鼻が擦りそう(歩道ではないので侵入禁止)
(1345)
[12]往路のゴール地点まで来ました。山道終了、ここから御嵩駅まで市街地を進みます。この先は、半年前に歩いているのでサクサク進みます。
(1346)
馬頭観音
半年前より若干、藪が薄れてお姿が見やすくなりました。
(1353)
注意喚起も健在。ちょっと文字が薄れてきました。
(1354)
和泉式部廟所
寛仁3(1019)年に、この地で亡くなったそうです。
石碑には「ひとりさえ渡れば沈むうき橋にあとなる人はしばしとどまる」と彫られています。
(1403)
「右 中街道 中山道大井驛達」道標
中街道は、下街道釜戸から、日吉、柄石峠、鬼岩を越え御嵩に合流します。中山道制定以前、東山道の頃の街道です。和泉式部が鬼岩で湯治をしたのも、街道途中の温泉だからだったのですね。ちなみに、東濃は花崗岩地質でウラン鉱床を有しているので鬼岩温泉は放射能線です。
あー…温泉行きたくなってきた。
(1403)
栢森の一里塚跡、とされている場所。
江戸日本橋から95里め
(1416)
名称不明のお寺さん。
(1419)
用心井戸
「正一位 秋葉神社 上町組」と彫られた石碑が建っています。
(1422)
御嵩郵便局
(1424)
商家竹屋
宿内で2軒あった商屋のうちの1軒で組頭も勤めていました。
(1426)
御嶽宿本陣跡
代々野呂家が勤めていました。隣の商家竹屋はこちらの分家です。
(1427)
中山道みたけ館
電車の時間まで、内部を見学しましょう。
(1427)
1階が図書館、2階は資料館になっています。
階段を登ると正面に見える、広重の「木曾海道…御嶽宿」の大型パネル、いつ見ても素敵ー。
(1429)
十返舎一九の木曾街道膝栗毛も…
(1433)
こんな感じになってる。大きいカラーパネル、生き生きしてるねー。
(1434)
御嶽宿わいわい館
呈茶サービスがあります。ウォーカーにありがてえ!
記念スタンプや物販もあるよ。
(1448)
絶賛改修中の願興寺
(1449)
はい、おつかれー。
無事、今回のゴール名鉄御嵩駅に到着です。
(1450)
名鉄広見線、交通系ic未対応です。
名鉄で交通系ic未対応なのは、広見線(御嵩〜明智間)と蒲郡線(三河鳥羽~蒲郡間)のみです。多分、この先も対応されることはないでしょう…。
(1451)
中山道を歩こう!25回目、細久手宿〜御嶽宿(3里(11.8km))はこんな感じ。これで、岐阜県内の中山道は踏破です。やったぜー!
今回のウォークは石窟に収まった仏様がたくさんあって、大変興味深かったです。
さて、当初の目標はこれでクリアです。が折角なので、もうちょっと歩いてみようと思います。
次回は、近江路・柏原宿から醒ヶ井宿です。正月休みに歩くつもりが今冬の手強さに辟易。春からまた頑張るわー。
2022/07/27:26回目upしました。
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