中山道を歩こう![21]赤坂宿〜垂井宿 その1(2021年10月)

今回は、赤坂宿~垂井宿(1里12町(5.5㎞))のうち、中山道を歩こう![17-2]終了地点の養老鉄道 東赤坂駅から、垂井宿 東の見附跡(全体ルートはJR東海道線 垂井駅)までを歩きます。
その1は、スタート地点・東赤坂駅から、街道途中の兜塚、廃線跡まで。


今回のGPSログはこちら↓
october2021_NSD-akasaka-tarui-05.png
↑全体のログ

october2021_NSD-akasaka-tarui-03.png
↑東赤坂駅から兜塚、廃線跡まで

当日のデータ:
所要時間と距離は2時間29分、累積距離8.3㎞、累積標高48m
天気 晴
気温 22℃
湿度 40%前後
大垣駅スタート/ゴール
往路:養老鉄道/4.5㎞/260円
復路:JR東海道線/8.1㎞/200円

october2021_NSD-akasaka-tarui-06.JPG
前回終了地点、東赤坂駅で下車。右手方向へ。
さあ、歩くよー。
(1243)

october2021_NSD-akasaka-tarui-08.JPG
白山神社
(1251)

october2021_NSD-akasaka-tarui-09.JPG
池尻一里塚跡
白山神社の角に石碑と看板が建っています。
(1252)

october2021_NSD-akasaka-tarui-10.JPG
多賀神社
(1257)

october2021_NSD-akasaka-tarui-11.JPG
中山道、美濃路追分 道標
(1259)

october2021_NSD-akasaka-tarui-12.JPG
杭瀬川にかかる赤坂大橋を渡ります
(1259)

october2021_NSD-akasaka-tarui-13.JPG
赤坂宿に到着
(1303)

october2021_NSD-akasaka-tarui-14.JPG
赤坂宿御使者場跡(東)
江戸時代、偉い人(大名とか、公家とか)が来るとここでお出迎えしました。
さぞ緊張感の漂う空間だったことでしょう…。
(1305)

october2021_NSD-akasaka-tarui-15.JPG
火の見櫓
(1305)

october2021_NSD-akasaka-tarui-18.JPG
赤坂湊
最盛期には1日500艘の船が往来したそうです。すごいわね。
(1306)

october2021_NSD-akasaka-tarui-20.JPG
赤坂湊会館
その昔は、警察屯所として使われていました。現在は赤坂湊の資料館として土日、祝日に公開されています。
(1307)

october2021_NSD-akasaka-tarui-22.JPG
会館の隣は浅間神社
(1308)

october2021_NSD-akasaka-tarui-26.JPG
西濃鉄道・本町踏切を渡ります。
金生山産出の石灰を運ぶ貨物線です。
(1311)

october2021_NSD-akasaka-tarui-30.JPG
赤坂宿本陣跡
(1312)

october2021_NSD-akasaka-tarui-29.JPG
所郁太郎 銅像
俗論派に襲撃され瀕死の井上馨(当時は多聞)を畳針で縫合し命を救った、幕末の志士です。
(1312)

october2021_NSD-akasaka-tarui-32.JPG
旧清水家住宅
江戸時代には「米佐」の屋号で米屋を営みつつ町役人も勤めていました。
(1315)

october2021_NSD-akasaka-tarui-34.JPG
内部
(1316)

66A59706-7797-4B87-A6C6-D8B052528B86.png
パンフレット(表)

2E413F68-634C-4821-AE9B-F3CC70A300EA.png
パンフレット(裏)

october2021_NSD-akasaka-tarui-36.JPG
中山道、谷汲街道、養老街道追分
画像左方向が養老街道、白い商用バンが写っているのが中山道
(1321)

october2021_NSD-akasaka-tarui-37.JPG
道標「左 禅蔵寺」
禅蔵寺は美濃国守護の土岐頼忠が池田町に開いた臨済宗妙心寺派のお寺さんです。
(1321)

october2021_NSD-akasaka-tarui-39.JPG
矢橋家住宅
矢橋家は江戸時代中期より明治維新まで、赤坂宿本陣を勤めていました。
(1322)

october2021_NSD-akasaka-tarui-40.JPG
矢橋さんのお宅がずーっと続いています。立派ねー。
(1322)

october2021_NSD-akasaka-tarui-41.JPG
脇本陣跡
宝暦年間から明治維新まで問屋、年寄役を兼務しつつ脇本陣を勤めていました。維新は近年まで榎屋として旅館を営んでいました。
(1323)

october2021_NSD-akasaka-tarui-42.JPG
妙法寺
さきの林郁太郎の墓所です。ちなみに、郁太郎の死因は腸チフス、享年27歳。まさにtoo young to die!
(1324)

october2021_NSD-akasaka-tarui-43.JPG
郁太郎生誕地…よりも気になる化石館
フズリナの化石が展示されてるらしいわよ。見に行きたいわー。
(1325)

october2021_NSD-akasaka-tarui-44.JPG
赤坂宿御使者場跡(西)
兜塚の端に石碑が建っています。
(1330)

october2021_NSD-akasaka-tarui-45.JPG
兜塚の碑と案内看板
杭瀬川の戦い(関ヶ原の前哨戦)で戦死した、東軍の野一色頼母が具足とともに葬られています。
(1330~31)

october2021_NSD-akasaka-tarui-46.JPG
ここまでが赤坂宿。この先が街道です。
(1331)

october2021_NSD-akasaka-tarui-47.JPG
平成18(2006)年に廃線となった、西濃鉄道昼飯線
南方向(養老方面)はレールが残っています。
(1331~32)

垂井に向け、さらに歩くよー。
その2に続きます。こちら☆



この記事へのコメント