その2は、街道途中の坂祝町です(坂祝町酒倉一色集落も)
その1↓の続きです。
坂祝町に入りました。
(16:16)
加茂川排水機場
(16:17)
坂祝神社…は次回にしよう…(地図で見ると、社標から2㎞くらいあります)
縣主神社、加茂神社(どちらも美濃加茂市)とあわせて、三加茂神社と称されています。
加茂神社へ参詣したときの様子はこちら(ページ中ほど)
(16:19)
大まや湊跡
渡しの跡です。この上流で可児川が合流、可児合(かにごう)と呼ばれる難所があり、遭難船の多発区域でした(横着して橋の上から撮影)
(16:25)
坂祝町酒倉一色集落に潜入するよ!
(16:26)
一色大橋を渡ります
(16:26)
河川敷の向こうが集落。集落全体が堤防に囲まれています。輪中だわ!
(16:26)
水害対策で基礎に石組みが組んであるのね。各務原市の川島地区みたいねー。
(16:30)
木に顔が作ってあるー。何かのおまじない?
(16:31)
大蓬山長蔵寺
臨済宗妙心寺派のお寺さんです。
(16:31)
本堂
八百津町の大仙寺、米山寺(現在の正法寺)兼住の先照瑞初によって、天文6(1537)年に開かれました。(何代目かの)猿啄城城主・河尻秀隆は先照瑞初に帰依していたため、当寺を菩提寺とし、法嗣・伝芳慈賢を迎えました。
大仙寺、正法寺を訪れた時の様子はこちら☆
(16:32)
寺紋は揚羽蝶
(16:33)
集落最奥部(地図で見ると、ナマコ型の天端)からの眺め
木曽川と湯の華アイランドビュー(可児市大脇)
(16:35)
堤防を東方面に歩いてみましょう。
(16:42)
川向うは、以前のさんぽで歩いたあたりだわ!
対面からの景色はこんな感じ。
(16:44)
集落を半周して戻ってきました。
一色大橋の橋脚に印された水位警戒表示。
この橋がなかった頃は、ちょっと大雨が降るたびに、「家に帰れない」もしくは、「家から出られない」住民多発だったことでしょう。
面白いけれど、生活するには大変な場所だな…。
(16:53)
橋を渡って、中山道に戻ります。
(16:54)
工場閉鎖の噂が絶えない、パジェロ製造
これ程の工場なのに…。
ちなみに、戦前は大建産業という航空機部品の工場でした。
(参考資料:さかほぎヒストリア)
(17:07)
取組の一里塚跡
案内柱とプレートがあるのみです(しかも、消えかけておる…)
(17:13)
石組みが立派な坂祝小学校の横を通り…
(17:19)
再度、木曽川の堤防へ
(17:24)
堤防に整備されている行幸公園
昭和2(1927)年11月の昭和天皇ご行幸を記念し、平成3(1991)年に公園整備されました。
(17:24)
昭和天皇がお登りになられた行幸巖
(17:25)
堤防を進みます
(17:26)
宝積寺まで来ました。
(17:32)
ひっそり建つライン弘法大師の石碑
(17:32)
取組交差点を右に進むとJR坂祝駅
(17:34)
美濃太田駅まで、高山本線を一駅乗車
唸るディーゼル機関!
(17:51)
美濃太田駅に到着
太田宿へ戻ります。
(17:58)
南口へ。太田宿までは1.2㎞くらいです。
(17:59)
続きはこちら☆
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