その1では、新加納駅から東海北陸自動車道の高架下、各務原・岐阜市境まで。
今回のGPSログはこちら↓
地図が広域になってきました(笑)
当日のデータ:
所要時間と距離は 2時間51分、累積距離14.9㎞(うち11.7 kmは電車移動)、累積標高30m
天気 晴
気温 30.5~27.5℃
湿度 64~72%
各務原市民公園駐車場(マップコード28 536 560*44)スタート/ゴール
旅費交通費
往路:市民公園前から新加納(名鉄各務原線/1.5㎞/170円)
復路:茶所から各務原市役所前(名鉄名古屋本線、各務原線/10.2km/300円)
(GPSログは新加納駅からです)
駐車場代100円
新加納駅まで名鉄で移動します。
(15:37)
新加納駅到着、下車
(15:46)
右手方向へ
中山道
今回は京(西)方面へ進みます。
(15:48)
高札場跡と、ご先祖さまが、旗本坪内家御典医という今尾医院。
(15:49)
新加納立場跡
立場ってのは、街道を通る旅人などの一時休憩所です(正式な宿場ではないので、基本的には宿泊不可でした…が、泊めちゃってたみたい)
(15:49)
遇光山善休寺
お東のお寺さんです。
(15:53)
尾張徳川家が各務野で狩りを行った際に宿所となり、葵紋の使用を許されるようになりました。
(15:54)
東海テレビ「スイッチ!」の「はじめまして」で高井一アナウンサーが訪れたようです。
(15:54)
「右きそみち、左京みち」の道標
「きそみち」って表現、なんかカワイイねー。
(15:55)
善休寺のとなりは、龍慶山少林寺
臨済宗妙心寺派のお寺さんです。
(15:55)
武家門のような山門、カッコいい!
稲荷堂
(15:57)
本堂
当初は、境川(木曽川)沿い、川島小網町に夢窓疎石によって開かれましたが、度重なる大水で荒廃。明応年間に当地に再興されました。
(15:59)
古いお石塔がいっぱい
(16:00)
少林寺のとなりには新加納陣屋公園
(16:03)
松倉城、旧川島町の木曽川文化史料館でパネル展示を見たばかり。あのあたりの国衆だったのね。
点と点が線で繋がった感じ!
それにしても関ケ原。あの合戦で東につくか、西につくかで、その後の命運が激変するとか…厳しいな(小牧長久手以上に)
(16:04)
櫓に尾張美濃ゆかりの武将の幟が立ってるー。
坪内家がないけど、それはいいのか?!(笑)
(16:04)
歴史資料館は要予約制
看板が巻物になってる!勧進帳だねー。
弁慶が読んだ勧進帳はニセモノだけどねー(笑)
(そして富樫は、義経を見破りつつ見逃しちゃうのよね)
(16:04)
屋敷風ファザード
資料館は予約制ですが、こちらのパネル展示が詳細で勉強になります。ありがたいわね。
(16:05)
坪内家家紋は州浜。
もとは木曽川の川並衆だったそうなので、それも関係してそうです。豆の粉を糖で固めた和菓子は…多分関係ない(笑)
(でも、州浜って聞くと、お菓子のほうを連想しちゃう)
(16:08)
少林寺に戻って、坪内家墓所を参拝
(16:12)
同じところに、東陽英朝禅師塔所(お墓)
東陽英朝は土岐持頼の二男として、八百津で生まれた禅僧です。瑞泉寺、妙心寺などの住持を務めました。
その後移り住んだ不二庵が現在の大仙寺。さらに、少林寺へ移り当寺で遷化しました。
犬山瑞泉寺を訪れた時の様子はこちら☆
八百津大仙寺を…〃 こちら☆
妙心寺、機会があったら参詣したいです。
(16:12)
濃川を渡ります
(16:20)
(振り返って撮影)
渡った先に「間の宿新加納」の道標
国道21号沿いと同じ石柱が建っています。ここまでが間の宿…だとしたら、間の宿としては大規模です。
(16:20)
東海北陸自動車道の高架をくぐります。
ぼちぼち岐阜市です。
(16:23)
JR高山本線と岐阜城
(16:25)
その2へ続きます。こちら☆
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