その1はスタート地点の諏訪神社→鶴ヶ城址→諏訪神社まで。
今回のGPSログ、城址の位置関係はこちら↓
神社マークのところが諏訪神社で、3台くらい駐車可能です。ここに駐車ができない場合は、秋葉組集会所(マップコード98 497 167*33)にも停めさせてもらえます。
当日のデータ:
所要時間と距離は 49分、累積距離1.5㎞、累積標高156m
天気 晴 32℃
トイレはありません。
諏訪神社駐車場(マップコード98 497 443*00)スタート/ゴールです(活動開始15:24)
歴代城主のひとり、延友信光によって信濃・諏訪神社より勧請されました。
(岐阜県神社庁HP(上のリンク)は、延反三郎兵衛尉信光となっているけれど、まあ恐らく延友信光かと…)
(1525)
神社から西(土岐方面)へ300mくらい進むと登城口です。
地図は写しておきましょう。どこかで役に立つかもしれません。
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立派な石碑…!
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しばらく進むと二ノ木戸跡
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腰曲輪(伝・馬場)
結構な急登を上がった場所にあります。馬場だった…のかなあ…。
1962(昭和37)年以降の中央道建設工事で城址の大部分が削られてしまっているので、その昔は、もう少しなだらかな箇所もあったのかも。
日本在来馬は明治以降に導入されたサラブレッドより登坂力はありそうですしね。木曽馬の新一を思い出したわー…。
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曲輪行き止まり
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行き止まり地点から、振り返って撮影
(1533)
西の出丸手前の(大堀切経由)天神山城、裏天神山城分岐
この案内で示されている大堀切は、久太郎さんがこちらの記事で紹介している大堀切だろうと思います(大堀切の紹介は記事後半)
西の出丸へ向かいます。
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出丸から西側を覗いてみるー。
画像は遠近感が鈍るので分かり辛いのですが…崖です。
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西の出丸からの眺め。中央道ビュー
どうでもいい情報だけど、出丸の物陰で、休憩中の半裸(パンイチ)の爺様に遭遇。いやあ、ビビりましたわ…(まあ、向こうも驚いたと思うけど)
山城や里山を歩いていると、時々(10回に1回くらい)にこういうことがあります。ただ、前回、前々回は上半身裸だったので、次回は全裸の爺さんに遭遇するんじゃないかと。まあ、それはそれで面白すぎる体験ではある…訳ない。
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伝・御殿場跡
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謎の穴石
きちんと測ってきたわけではないので目測だけれど、傍らの湯飲み茶わん4つ分くらいの直径、とすると湯飲み茶わんが大体6㎝くらいとして24㎝、8寸くらいでしょうか。
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東の出丸に向かいます。
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スパッと崖になっています(中央道を建設した時に掘削されたため)
(1539)
東の出丸からの眺め。正面は岩村方面です。
左手側が、中津川方面です。
(1539)
本丸跡
これだけの広さがあったってことは、出丸(東西どちらも)の結構な部分を削られたっぽい感じ…。
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織田信長、信忠が直接入って指揮を執ったお城なのねー。
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お稲荷さん(城豊稲荷)と…
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土岐神社
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土岐頼遠の代に岐阜市切通の長森城(後の切通陣屋。現在は跡地に説明板と観音堂が建っています)へ移ります。その後、家督を継いだ甥・頼康が川手城を築城し、さらに移ります。
長森城址訪問の様子はこちら(中山道ウォークの一部です。長森城址は記事中ほど(1703))
(1542)
本丸からの眺め
恵那山ビュー!
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葵の井戸
傍らの案内によると「城が落ちるとき、姫が井戸に身を投げ、それ以降、井戸を探ると火災が起こるという伝承がある」とのこと。おっかない!!
尻尾巻いてさっさと退散。
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(踏み跡があって)登れそうな土塁
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先まで行けそうだけど…。つぎの予定があるので、今日はやめとこう。
(1546)
諏訪神社に戻ってきました。天神山城址へ向かいます。
(1553)
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