その3は、大富館跡→土岐川(中央橋)→極善寺跡→高山公園帰着まで。
その2↓の続きです。
高架をくぐりました。こちら側のタイル画は登り窯の絵柄。元屋敷東窯みたい(適当)
さらに市街地を進みますよ。
(15:18)
大富館跡
伍所公園という児童公園の片隅に記念碑とプレートが据えられています。
ここも児童公園ってことで、長居できなかった…。
頂いた散策マップによると、
清和源氏の流れをくむ源国房は平安時代に美濃国に勢力を伸ばし、その孫光信は土岐郡大富に館を設けたと言われています。孫の源光衡は土岐氏を名乗ったことから一族を土岐源氏と言います。土岐光衡はその後、館を一日市場(瑞浪市)に移しましたが、その子光行は浅野(土岐市)に館を移し、その孫、頼貞は再び大富に館を構えました。とのこと。
一日市場(瑞浪市)が最初かと思っていましたが、そうじゃなかったー。
(15:25)
記念碑には「美濃国土岐源氏発祥地 大富館跡 土岐章 著」の彫字
土岐章は沼田藩主土岐頼知の7男で貴族院議員を務めた方です。
読めないプレート(笑)
拓本が要るわねー。
さて、高山公園方面へ向かいます。
JR中央本瀬の高架をくぐります。
(15:31)
第7回日本現代陶芸展 川合牧人さんの情景―1998
(15:38)
土岐川河畔に来ました。
川べりに下りれるところはあるかなー…。
(15:40)
川べりに下りられる場所が見つけられないまま、中央橋まで来ました。土岐川を渡ります。
(一箇所あったけれど、先客さんたちが楽しんでらしたので遠慮しました)
(15:48)
上流側の眺め
(15:49)
道案内のタイルがカワイイ!
(15:50)
ここにも、親柱に陶製オブジェ
(15:50)
川沿いを上流方面に歩きます。
慈光山極善寺跡
頂いた散策マップによると、
江戸時代初めに常照寺が金山に移転。その後。極善寺が開創されましたが土岐川の氾濫で流失。極善寺は河合に移転しました。
だそうです。常照寺は、森長可家臣の林為忠が開創した林家の菩提寺。現在の可児市兼山・常照寺(妙願寺跡。森家の移封に伴い妙願寺も移転しました)です。
(15:54)
下街道・御小休所跡
高山交差点まで戻ってきました。
(15:59)
古くから営んでいそうな醸造場・大竹醸造
「天下一手前味噌」ですって。相当美味しいに違いないわ。
(16:01)
明治天皇高山御小休所跡
(16:02)
素敵坪庭
(16:04)
はい、おつかれー。
無事、区民館に戻ってきました。
(16:06)
散策マップ(pdf)
城址周辺マップ(pdf)
土岐高山城址周辺 and 下街道高山宿 さんぽ はこんな感じ。穴弘法、超穴場!
高山城址と高山宿は、地元の方に大切にされているのが伝わってきて、とても素敵でした。頂いた散策マップの半分も見ていないので、ぜひ再訪したいです。下街道も、もっと歩いてみたいしね。
さて次はどこに行こうかな。
2021/12追記:下街道、じわじわと歩いています。まだ、半分程度ですが(土岐津)高山の、整備充実っぷりは半端ないです。本当にありがたい…。
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