龍泰寺を参詣(2021年4月)

山王山~まるまる山~松尾山縦走、弥勒寺跡等さんぽの帰りに、犬山・大泉寺坂祝・岩屋観音訪問以来気になっていた、下有知の龍泰寺に参詣してきました。

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山門

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山号は、祥雲山
素敵な揮毫です!

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貞享4(1687)年建立の朱塗りの山門

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本堂

岩屋観音にあった案内によると、第1祖無極慧徹禅師は最乗寺での修行を終え、故郷・肥前への帰路途中に立ち寄った猿啄城で、城主・西村善政に依頼され、この地にお寺を開きました。西村善政のお母さんが、無極禅師の伯母さんです。
お寺さんのHPによると、無極禅師と第2祖月江正文大和尚は、戦禍を避けて犬山の大泉寺と龍泰寺を行ったり来たりしていたそうです。現在の地図で見ると、岐阜県道345号線、281号線。もしくは関市内を国道418号線、156号線を使うと(川向うの岩屋観音から)凡そ20㎞、昔は、栗栖~坂祝に木曽川の渡しがあったので、川を上手く渡れれば1日で移動できる距離ではあるかなー。
また、各務原アルプスの稜線を使えば、坂祝から関の迫間あたりまで来られるので、途中まで山道を歩いた可能性もあるかも(例えば、岩坂峠で山を下りて北上するとか) 当時の人は現代人とは比べ物にならんくらいに足腰は丈夫でしたし…(10日で山道を230㎞移動するくらいですからねえ)
追記:その昔の木曽川は、今よりずーっと川幅が広く、支流も沢山ありました。船での移動がもう少し多かったかも。
追記2(202309):各アル、岩坂峠の辻に建つお地蔵さんの説明看板に「此処は美濃と尾張の交通の要衝だった」とありました。大和尚さんも歩いていたかも、なんて思うとロマンがあるわね!

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庫裏

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お寺さん所縁の竜ヶ池
この池がもっと大きかった古の時代、池に棲んでいた老いた龍が、第3祖開山華叟正萼大和尚から諭され、死後、お寺さんの守り神になった、という謂れがあるそうです。

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経堂

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内部

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鐘楼

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味わい深い案内看板
こちらの看板を見ると、本堂裏山中腹に後光厳天皇旧跡地の石碑が建立されているそうで…。
気付かずスルーしちゃったので、機会があったら再訪したいと思います。

龍泰寺参詣 はこんな感じ。無極慧徹禅師は検索しても、あまり情報が出て来なくて謎めいてます…。
ちなみに、龍泰寺開基(資主、スポンサー)は室町第9代将軍・足利義尚とされています。
が、足利義尚の将軍職在位期間(1474年~1489年)などを考えると、いろいろと数字が不思議です。まぁ、政は猛女と名高いお母さんが仕切っていたので、本人が窺い知らぬところで名前を使われていてもおかしくはないよねー(笑)
さて次はどこに行こうかな。


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