というわけで、深川神社の瓦の確認(?)も兼ねて歩いてきました。
その1では、瀬戸蔵を見学。
今回のGPSログ(ルート)はこちら↓
当日のデータ:
所要時間と距離は 2時間2分、累積距離3.3㎞、累積標高68m
天気 晴、気温17~15℃、湿度40%
トイレは瀬戸蔵、深川神社境内、窯神神社、パルティせとなど随所に。
瀬戸蔵駐車場(マップコード30792583*20)スタート/ゴールです。
(活動時間15:23〜17:25)
「瀬戸蔵ロボット博2021」に向けてディスプレイ制作真っ最中でした。こちらのイベント、愛・地球博継承事業だそうで。万博、2005年だったよね。もう大阪万博のほうが近いよー。
JAF割引が効きました。おとな520円のところ110円引きの410円。有難いです。
展示は、お値段以上のボリュームでした。滞在時間30分程度を考えていたのに、興奮して1時間以上見てしまった…(でも足らない)
コスパ最高。
2階の展示フロアから見て回りましょう。
瀬戸電!
車番フォントに見覚えが…。昔、金公園でみた、岐阜市電(モ510形)と同じだー。
名鉄っていうと赤い電車だけど、瀬戸線は緑の車体だったのね。
尾張瀬戸駅内部再現
懐かしいー。子供のころは、こういう感じの駅がそこら中にありました。
エントランス部分も再現
駅舎の雰囲気からして、昔の瀬戸はさぞ活気があったのでしょう。
陶房再現
ろくろとか…
ぺらぺらな座布団が昭和感3割増し。今と綿が違うのよねー。
石炭窯とか。
焼き物の窯は、斜面に沿ったナマコのような形のもの(登り窯っていうそうです)かと思っていましたが、そればかりじゃないのね。
韮沢の反射炉みたいだわー。
企画展「瀬戸の青磁-その始まりと展開-」が開催されていました。
こちらの壷は、初代・加藤民吉による「青磁陽刻染付龍濤文大花瓶」
壷じゃなかった(笑)
二代・加藤杢左衛門「青磁釉下彩花鳥図蓋付大飾壷」
こちらが壷でしたわ。
明治前期の作で、万博出品用ではないかと言われています。明治時代、陶磁器は、茶、生糸に並ぶ輸出主力品だったので、万博観覧客だけでなく、バイヤーに対する見本品の役割も担ったかもしれませんね。
杢左衛門は天保年間に家業を継ぎ、慶応3(1867)年に製磁に転向、明治17(1884)年に第一線から退きました。そこから逆算すると、もしこの作品が万博出品用とするなら、1867年のパリ、73年のウィーン、76年のアメリカ、78年のパリのどこかですね。
青磁貼付文磁板(右)と青磁藤文円柱(左)
磁板は、瀬戸線大曽根駅の駅長室を、円柱は陶祖公園内の柵を飾っていたそうです。
青磁の焼き物ができるまで。
芸術的センスや素養が全く無いので、所謂「いい品」っていうのがどんなものか、さっぱり分からないのですが、青磁の発色が酸化鉄や酸化クロムの還元によるもの、という説明が面白かったです。
ミニ展示「千代紙のつるし飾り」
つるし雛、かわいいねー。
椿もバラも色紙で作られていて、めっちゃラブリー!
しかも、器用だわー…。
陶器で作られた飾りが紛れ込んでいます。
多面体のモチーフをチョイスする作り手さんたちの気概がステキです。
磁祖・加藤民吉の紹介
加藤民吉は九州で習得した肥前磁器の技術を、瀬戸で広めた「瀬戸物」の中興の祖とされる人物です。その功績をたたえ、文政7(1824)年、丸窯神として窯神神社に祀られました。肥前というと、今の佐賀、長崎なので伊万里とか波佐見の辺りでしょうか。
染付祥瑞捻文皿
初代か、二代どちらの作品かまでは不明だとのこと。
3階へ移動します。
時代は遡り、古代から近世にかけて出土された遺物の紹介、展示
鞴羽口は送風口のことです。滴下滓、椀形滓は文字通りスラグかと。
お米を蒸す甑
子供の頃、「古代、中世は米を蒸して食べていた」と習った気がするけれど、最近の調査では、普段は炊いていたとか。
強飯や餅を作る必要があるときだけ蒸してたんじゃなかろうか、という説が出ているそうです。
そもそも、この頃の米って今の銀シャリとは違う気もする(産直とかで売ってる古代米のイメージ)精米も大変だったろうし。
惣作鐘場遺跡出土品
魚形皿がオシャレ
安土桃山時代に美濃で作られていた陶器は「美濃桃山陶」と呼ばれます。主に茶の湯で使われました。室町の頃、瀬戸で作陶していた職人たちが戦乱を避けて美濃に移り、再び瀬戸に戻ってきたそうです。
まあ、美濃も戦乱の多い地ではあったけど…。
御蔵会所に持ち込まれた瀬戸窯製品
江戸後期、尾張藩は藩の財政を確保するため、瀬戸物の流通に制限をかけるようになりました。その政を行っていたのが御蔵会所です。
瀬戸蔵の所在地、蔵所町は御蔵会所が設けられていたことに由来するのですね。カッコいいな。
鳴海織部沓形茶碗
「へうげもの」でこんな感じの器を見た気がする!
時代は、ずるっと進んで第2次世界大戦
陶製地雷と陶製手榴弾
防火砂弾
瓶の中に砂が詰まっていて、火元に投げつけ消火するものです。
代用消火器みたいな感じ?
星章の入った陸軍用食器
五芒星は、陰陽的な意味合い(弾除け(多魔除け))や桜花を表しているとか、いないとか。
これが海軍になると桜に錨ですね。桜錨は海自が今でも採用しています。陸自は桜に刀です(桜刀は結構最近になって設定されました)
統制食器と防衛食(書かれている文字は「大日本防空食糧株式会社 社長 小澤専七郎謹製」)
防衛食ってのは、陶器製の缶詰。上蓋の小孔(矢印で示してあるところ)を釘などで貫通させて開封します。
穿った跡がないので、開けられないまま終戦を迎えたのですね。
陶器ボタン
説明に「昭和13(1938)年〜昭和20(1945)年」と書いてあるのを見て、足掛け10数年(物資不足は戦後しばらくも続いた)も物資不足の時代が続いたのかと思うと、年配の方が何でもかんでも「勿体ない」と捨てられないのが分かる気がしました。
陶製ストーブ
初めてみました。まあ、陶器の火鉢があるならストーブもありなの…かしら?燃料はおそらく石炭でしょうし。
初見で「チュークで見た消火器!」と思ったけれど、ブログを見直したら全く違ってました…。
時代は更に進んで、今日の展示
衛生陶器
和式トイレと壁掛け小便器。和式トイレは掃除が楽よね。
同じものをINAXの企業博物館で見た気がする
これは殿方用だけれど、染付の便器とか恐れ多くて尿意を我慢しそうです(できないけど)
タイル製作の展示
モザイクタイルとか、かわいいよねー。鍋敷きとか作ってみたい(笑)
法雲寺、深川神社に向かいます。
続きはこちら☆
この記事へのコメント