庄内川沿いから城嶺橋東を右に入り定光寺公園対面の県道沿いの山門から参道を進むのが正しいルートだと思います。
が、夕方だったこともあり、怠け癖発揮。最寄りまで車で移動。こちらの寺標を越えてさらに進みます。
巡礼の札所になっている(いた?)のでしょうか、小さな仏様がいっぱい。
傘さしてる!
経堂
輪蔵が入っていました。
観音堂
山門
無為殿(本堂)
三井寺の金堂に似た感じ。
敬霊閣(客殿(出居))
聚星寮(庫裏)
源敬公廟の説明
明人・陳元贇によって儒教様式で設計されたお墓です。上の銘板には江戸藩邸で9人殉死とか書いてある。サムライは大変だな…。
ちなみに、昭和天皇崩御の際、4名の方が後追い自殺しています。乃木希典とかが有名だけど、結構最近まで殉死はあったみたい。
では、墓マイラー
有料です。おとな100円。良心を試される無人野菜販売所方式。
こちらのお墓は徳川さん個人のもので、お寺さんは維持管理しているだけです(尾張徳川家の菩提寺は東区の建中寺(浄土宗))
獅子門
…は、囲いの中にある…。
左甚五郎の彫刻で装飾されているらしいけれど、囲われてるし、薄暗いしで何も見えん…。
龍門
…も囲われている…。
扉の彫刻がガラス越しに見えました(写真は反射して綺麗に撮れませんでした)
焼香殿
…も、やっぱり囲われている…。そしてこちらも、ガラス越しに、うっすらとお位牌が見えました。
殉死者のお墓
唐門
唐門に輝く 三つ葉葵
ちなみに、紋のもととなったフタバアオイはこんな感じ。里芋の葉っぱが小さくなったみたい。
義直公のお墓
「二品前亜相尾陽候源敬公墓」と前字が彫ってあります。
駐車場に戻ってきました。山の上にあるお寺さんなので展望がよいです。
ところで、定光寺を地図で見ると名古屋城の北東に位置しています。ここに藩祖廟があるということは、鬼門封じを狙ってかと思ったのですが、どうやら、義直が生前にこの辺りで行っていた鷹狩りを、大そう気に入っていており「死んだら、ここに葬ってほしい」と遺言していたことに由来するとか、そうじゃないとか。定光寺だけでなく、広く、内津の下街道あたりまで狩場として出張っていた(=源敬公坂下御殿趾)ようです。
定光寺こんな感じ。周辺は東海自然歩道として整備もされていて、山歩きが楽しそう。今度は、陽のあるうちに、おやつと水筒持参でゆっくり歩いてみたいです。
さて次はどこに行こうかな。
関連記事:
この記事へのコメント