大森城は、土岐三河守悪五郎(久々利頼興)に仕えた奥村元信の嫡子・元広(又八郎)によって築城されました。又八郎は美濃金山城主・森長可に仕えていましたが、謀反の企てが明るみとなり、天正10(1582)年、森長可に攻められ落城。その後、小牧長久手合戦の際に、美濃金山城の南方防衛として長可によって利用されたと伝えられています。
今回のGPSログ(ルート)はこちら↓
当日のデータ:
所要時間と距離は、41分(休憩なし)、累積距離1.1㎞、累積標高48m
天気 晴、気温9℃
トイレはありません。
神社にあった縄張り図を見ると、ピンク色で囲んだあたり一体がお城だったっぽい感じです。
間違ってるかもだけど…。
鳥居をくぐっていざ登城
(12:19)
土岐桔梗の紋とお城の概略
大森神社
岐阜県神社庁のHPによると、
当社は、大森城(城主、奥村又八郎)のあった位置から、約50米下方に鎮座し、城主が鬼門除けの護神として崇拝していたと推察されている。だそうです。
(12:20)
大森城と城址東にある吹ヶ洞砦の案内と縄張り図
(12:21)
神社の脇から城址に入ります(赤い矢印のところ)
(12:22)
小さいけれど目立つ案内表示もあります。
(12:23)
後ろしか見えない石碑
藪すぎて表に回るどころか近づきもできなんだ。この時期に藪なので、夏場は草木に埋もれそう(笑)
(12:24)
堀切?
(12:34)
本丸跡かな?
案内表示はここまでしかありません。
(12:35)
本丸跡の周囲はこんな感じの堀になっていました。
(12:39)
こちらも堀切かなあ
(12:41)
踏み跡を辿って進みます
(12:47)
麓に下りてきました
(12:51)
オレンジ色の建物の奥あたりが吹ヶ洞砦跡
大森城址以上に説明がなく、ルートが不鮮明だそうで、探索に躊躇しています。夏場はもっと条件が悪くなるけど…。
(12:52)
大森川沿いに石仏群
(12:57)
大森神社(大森城址)はこんな感じ。
」吹ヶ洞砦は…記事にも書いたように探索は厳しそう。ちなみに、大森神社から吹ヶ洞砦までは15分くらいの距離です。この近辺の山城跡で未訪なのが、
さて次はどこに行こうかな。
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