稲置街道(上街道)を歩こう![5] 名古屋 その2 (2022年6月)

今回は、稲置街道を歩こう![4] 終了地点の名鉄味鋺駅から、地下鉄久屋大通駅までを歩きます。オプションは市政資料館です。その2は堀川を渡ったところから地下鉄久屋大通駅まで。
これで一応、稲置街道(上街道)踏破ですが、うっかりゴールを間違えました。瀬戸線東大手駅が街道起点なのに、久屋大通駅に行ってしまった。これで完歩と言っていいものかと(ダメな気がする(苦笑))

その1↓の続きです。


今回のGPSログはこちら↓
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(全体)

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(堀川から久屋大通駅まで)

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堀川にかかる黒川橋を渡ります。
清洲越しの資材運搬のため、徳川家康の命を受けた福島正則が名古屋城下から熱田湊まで人工的に掘削した河川です。ちなみに、黒川橋の「黒川」は明治期に堀川の治水工事に関わった土木技師・黒川治愿から。近辺の地名にもなっています。
堀川、水面がどんよりしてますが、これでも昔に比べて随分ときれいになりました(笑)
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子捨橋跡、経王大菩薩
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稲置街道 道標
正面に「稲置街道」左右に「至犬山 至名古屋」と彫られています。最近建てられたっぽい。
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立て看板は墨が浮き出て味わい深くなりすぎー。所々が判読不可です…。
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八王子社・春日神社境内、摂社・秋葉神社
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同じく境内、天保13(1842)年、豪商・杉屋佐助によって寄進された常夜灯
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八王子社・春日神社 拝殿
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清水山 開闡寺
お東のお寺さんです。
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「木曽街道と御成道の辻」看板
この辻を東へ進むと大曽根屋敷(現・徳川園)に到達するのねー。久しぶりに徳川美術館に行って、鎖の間を見て「へうげもの」を妄想したいわ。乙
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名古屋清水局。風景印には名古屋城と名鉄瀬戸線(瀬戸電)、名古屋高速が採用されています。
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そんな瀬戸線清水駅。
その昔(昭和50年代)まで、名古屋城の外堀に線路が敷設されており「お堀電車」と呼ばれていました。
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秋葉神社
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名古屋高速の高架、国道41号を横断します。
10年くらい前まで、41号清水口の交差点に「美宝堂」っていう宝飾店がありました。一定年齢以上の東海地方在住者なら絶妙なテレビCMを覚えていることでしょう。名古屋清水口のびほーどーへどーぞ!
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清水弘法堂
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七尾神社
道路挟んだ隣は犬山城主成瀬家の屋敷跡地です。現在の明和高校。
本来のゴールは明和高校の裏、瀬戸線東大手門駅です。…がうっかり間違えて久屋大通まで行ってしまった…。
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拝殿
文亀年間(1501~04)に七尾の亀が道真の木像を当地へ運んだことが由来だそうで、永正年間(1504~21)に社殿が建てられました。
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絵馬は七尾の亀に乗った菅原道真。亀の尻尾がカッコいい(笑)
進学校の隣の神社という場所柄か、絵馬には錚々たる学校名が書き連ねてありました。
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名古屋拘置所
刑務所移送前の受刑者とか、死刑囚(刑務作業を科されない)が収監されてます。
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市政資料館(旧控訴院。現在の裁判所)まで来ました。
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(帰りに撮影)
「おきがるにお入りください」とあるので、お気軽に入館します。だって無料だもん。ありがてえ!

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カッコよすぎる中央階段
建物内部は、名古屋、愛知の政、出来事などの史料館として開放されています。
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中央玄関のステンドグラス

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スーシェポワロシリーズに出てきそうなアールデコ建築です。どこ見ても素敵すぎる…。
あのドラマは、ミスレモンが好き。ポワロをやり込めれる、唯一無二の女傑よねー。ボン・モナミ~

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会議室

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廃藩置県御触書写本
名古屋県…明治4(1871)年から1年くらい存在しました。廃藩置県直後はそれまでの幕藩体制に倣い、尾張地方に名古屋県、犬山県。三河地方に西尾県、岡崎県、豊橋県、重原県、刈谷県、挙母県、半原県、西端県、田原県、西大平県の12県が置かれました。その後、名古屋と犬山が統合されて名古屋県に、三河10県は額田県(岡崎)に。さらに尾張と三河がまとめられて明治5(1872)年11月、愛知県が誕生しました。
ま、今でも時々他地域の方に「名古屋県」とか言われるけどねー。ふふふっ(笑)

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明治42(1909)年6月発行の100ポンド券・名古屋市英貨公債。
左に英語、右に仏語で書いてあります。当時の名古屋市長・加藤重三郎のサインが債権下部に入っています(筆記体のJ.Katoってやつ)

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昭和12(1937)年に熱田前新田で開催された、名古屋汎太平洋平和博覧会の絵はがき。記念印が素敵ねー。当時のはがき送料は1銭5厘だったのね。昭和初期の1銭が現在の約6.4円とすると、だいたい10円くらいでしょうか(貨幣価値はmufjのサイトを参考にしました)
博覧会の開催場所、熱田前新田は現在のららぽーとみなとアクルスあたりです。

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センス抜群な名古屋汎太平洋平和博覧会ポスター
この平和博覧会から2か月後、日中戦争がはじまります。世の流れって難しいな…。

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昭和15年(1940)発刊、隣組家庭防空必携(左)、大型焼夷弾防護指導要領(右)
隣組家庭防空必携、国会図書館デジタルコレクションで読めます。
大型焼夷弾防護指導要領は様々な媒体から出版されており、自治体レベルで保存されているようです。ネットから読めます。

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昭和19(1944)年6月発行の戦時貯蓄国債
但し書きを読むと、「10円で売り出し、5円の利子付き(受け取り15円)」と書いてあります。ワリコー、リッチョーもびっくりの利率です(そもそもワリコー、リッチョー、ビッグとか平成生まれの方は分からないと思う)
この時の首相は東条英機。翌7月に小磯国昭へ交代します。軍部が政を掌握していた頃です。

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昭和32(1957)年、地下鉄開通試乗券
今でいうリニアみたいな感覚かしら。いや、もうちょっと門戸が広く、SCのプレオープンみたいな感じかな。名古屋ー栄町(現・栄)2.4㎞区間、運賃は大人150円(子ども半額)でした。

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昭和34(1959)年の伊勢湾台風被害の復興を報する新聞
最大風速75~85mとか、ちょっと想像できない…。

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正面から見た市政資料館
名古屋白壁局の風景印に採用されています。
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愛知県議員会館
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うっかり久屋大通駅まで来てしまった。
というわけで、ここを今回のゴールとします。
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はい、おつかれー。名城線で帰りまーす。
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稲置街道を歩こう![5] 名古屋(2022年6月)はこんな感じ。これで稲置街道を歩き終えました。が、街道起点の東大手駅がどうにも気になります。なので、上街道重複部分は省略する予定でしたが、変更して歩こうかなと。今回のルート途中にある解脱寺など、寄っていない名所もありますし。ウォーク前に一応、下調べはしますが、結構な割合で抜けや見落としがあるのよね…。注意力が散漫すぎる。
というわけで、次回は上街道。稲置街道との分岐、楽田追分から羽黒までを歩きます。

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