中山道を歩こう![24]垂井宿~関ヶ原宿~今須宿~柏原宿 その3(2021年11月)

今回は、垂井宿~関ヶ原宿~今須宿~柏原宿(1里14町(5.7㎞)と1里(4.1㎞)と1里(3.3㎞)計3里14町(13.1㎞))。中山道を歩こう![21-2]終了地点、垂井駅から、柏原駅までを歩きます。
その3は、今須峠からJR柏原駅まで。

その2↓の続きです。


今回のGPSログはこちら↓
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↑常磐地蔵から柏原宿まで

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林道を進みます。
(1250)

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今須峠 石碑には「従是東不破郡山中村地内」と彫られています。
(1251)

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西国古道 道標
これね!歩いてみたいわー(白装束にすげ笠という出で立ちを身に纏う勇気はないけど…)
(1253)

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今須一里塚
江戸日本橋より114里目
(1254~55)

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広重の「木曾海道…今須」のシャッターアート。すごい!
東向き(近江から美濃を望む)のアングルです。
(1259)

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今須宿伊藤本陣跡
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妙應寺さんへ家康の腰掛石を見に行きます。
(1301)

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(帰りに撮影)
山門
何だか、すごーく立派なお寺さんだわ…。
(1306)

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青坂山妙應寺 本堂
曹洞宗のお寺さんです。今須領主 長江重景が母 妙応を弔うために建立し、以降、長江家菩提寺となりました。立派なはずだわ…。
(1303)

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伏見宮の紋が入った鬼瓦
(1303)

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家康腰掛石
徳川家康が関ケ原合戦の翌日、近江佐和山へ軍を進める途中にこの石で休まれたのだとか。
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扁額も立派!
「薪盡(尽)火滅道場」と書かれています。薪尽火滅とは雑にいうと、人が死ぬこと(薪が尽きて火が消える、から転じて)
左端は恐らく、永平悟由(森田悟由)禅師の著名かと思います。永平寺64世貫首を務めた方です。
(1304)

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宿場に戻ってきました。
(1308)

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問屋場跡
軒丸瓦に永楽通宝の意匠が用いられています。気が付かずにスルーしてしまった…。残念。
(1310)

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常夜灯
その昔、京都の問屋 河地屋さんが、当地で大名の荷を紛失、金毘羅さんに祈ったら荷が出てきたことから、お礼として建立された常夜灯だそうです。
夢がないことを言えば、荷を盗った輩が中身を改め、その品々にびびって返したんだろうなー…とゲスパー。 いずれにせよ、 河地屋さんは首が繋がって一件落着。
(1311)

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大渓山真宗寺
お東のお寺さんです。
(1313)

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常夜灯
このあたりが今須宿の西端かしらね。
(1319)

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車返し坂
二条良基が不破の関のボロ家で月見をするためだけに京から来て、当地で小屋が修復されたと聞き、この坂で牛車を引き返したそうな。
…暇な公家だな(爆)
(1322)

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坂を登ったところにお地蔵様が祀られています。
(1323)

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ちっちゃいお地蔵様がいっぱい
(1324)

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…そりゃそうだ…(;゚Д゚)
持ち込みも、持ち出しもよくないです。
(1324)

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今須交差点を渡ります。いよいよ近づく県境。
(1325)

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芭蕉句碑
石碑には、野ざらし紀行で詠んだ「正月も美濃と近江や閏月」が彫られています(左の茶色い石ね)
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岐阜滋賀県境。古の時代には、美濃近江国境。
このほっそい溝が県境です。
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昔の礎石
(1330)

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「寝物語の里」石碑
両国境に旅籠があり、寝たまま隣国と話しができた、というのが由来です。
思ってたのと、ちょっと違った。自分の下世話さが恥ずかしい…(ノд`*)っ)
(1331)

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「長久寺村」看板
国境を挟んで、美濃側では金が、近江では銀が流通していました。
(1333)

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マンホールの蓋は旧山東町のマガモと蛍
(2005年に旧米原町、旧伊吹町と合併して米原市になりました)
(1333)

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中山道 石碑
(1342)

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長比城址登り口(長比=たけくらべ。読めん…)
東山道(中山道)の抑えとして浅井長政によって築かれました。
登り口両脇の排水溝が分水になっています。これは楽しい!
(1342)

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神明神社
(1343)

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神社脇に、東山道分岐
(1343)

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柏原宿に到着
(1348)

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照手姫笠掛地蔵
(1349)

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毒を盛られ虫の息の夫を救うために懸命に祈り、熊野詣までしちゃうとか、健気な嫁だな…。
(1349)

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東見附跡
食い違い土塁…それは、虎口ってやつでしょう。城塞じゃないか(笑)
(1354)

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竜宝院跡
(1356)

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八幡神社
境内に芭蕉句碑「戸を開けはにしに山有いふきといふ花にもよらす雪にもよらす只これ孤山の徳あり其ままよ月もたのまし伊吹山」があります。
(1356~57)

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東光山長福寺跡
(1359)

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問屋場跡
絶賛改修中。その隣は、東の荷蔵跡
(1402)

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旅籠 白木屋藤兵衛
垂井宿のように、昔の屋号が掲げられています。いいねいいねー。
(1404)

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映画監督 吉村公三郎の実家
(1405)

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医師年寄 堤覺(覚)之丞
現在は、山東接骨院として営まれています。
(1405)

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柏原宿本陣(南部家)
本陣年寄 南部辰左衛門
(1406)

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柏原宿本陣(南部家)
本陣として機能していた当時は、上下の町屋も合わせた間口で、屋敷526坪(ざっと1739平米)、建坪は138(456平米)もありました。
一般的な建売で坪数が38~40くらいと考えると広さに仰天。
(1406)

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高札場跡
ここを今回の中山道ウォークのゴールとします。柏原駅に向かいます(東へ一寸戻ります)
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脇本陣跡
本陣の南部家の分家が問屋を兼務し勤めていました。
(1409)

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3丁目キッチンさんの先を左折(西(京方面)向きの場合は右折)します。
(1411)

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無事、柏原駅に到着
駅舎の後ろに見えるのは伊吹山。カッコいいわね!
(1412)

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はい、おつかれー。
東海道線で帰りまーす。suica使えます。便利ねー。
(1417)

中山道を歩こう![24]垂井宿~関ヶ原宿~今須宿~柏原宿はこんな感じ。関ケ原は、見どころ満載で再訪リストに追加。ここだけで1日必要です。そしてついに、近江に入りました。西に来た!と感激に浸ると同時に、今後のスケジュールの組み立てに悩むところ。というか、そもそも岐阜県内の中山道を歩くことが当初の目標ですしおすし。

さて次回は、細久手宿~御嶽宿(3里(11.7㎞))。[11]スタート/ゴールの細久手公民館(大黒屋対面)から御嵩駅までを歩きます。これで、岐阜県の中山道踏破です。





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