中山道を歩こう![13]加納宿 その1(2021年8月)

今回は加納宿内、岐阜駅南から東端・茶所駅まで。途中、加納城址も見学するよ!
その1では、岐阜駅南から加納宿交流センターまで。

今回のGPSログはこちら↓
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当日のデータ:
所要時間と距離は1時間56分、累積距離6.1㎞、累積標高8m
天気 曇時々晴
気温 34~32℃
湿度 70%前後
リパークJR岐阜駅前第3(マップコード28 555 627*18)スタート/ゴール(P代400円)
復路、茶所から名鉄岐阜まで鉄道(名鉄名古屋線/1.5㎞/170円)

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岐阜駅南のコインパーキングに駐車してスタート。
(15:28)

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6つめの角から中山道。今回は茶所駅ゴールなので、左に進みます。
(15:31)

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秋葉さん
(15:32)

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岐阜県道187号を渡ります。交通量が多いので、面倒だけど横断歩道まで迂回。
(15:33)

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加納宿脇本陣跡
このあたりは、岐阜空襲で丸焼けにされてしまっているので、往時を偲ぶものは殆ど残っていません。
地方都市である岐阜でさえ焼夷弾を喰らっているので、軍需都市の各務原は言うに及ばず(と考えると、鵜沼宿に現存する古い建物は凄いわね)
(15:37)

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加納天満宮
斎藤利永が沓井城(旧加納城)を築いた際の鎮守として勧請したのが始まりだそうです。
その後、徳川家康の天下普請で加納城が築城され、天満宮が城郭に入ったので新たな鎮守としてお祀りされました。
(15:39)

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舞台殿
(15:40)

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拝殿
(15:41)

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境内には、お稲荷さんと…
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津島神社もあります。
(15:43)

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天神様をあとにし、隣の白龍山雲端寺へ
(15:44)

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素敵な山号標!
(15:44)

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本堂、親鸞聖人像
お東のお寺さんです。
(15:44)

中山道へもどります。
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脇本陣跡
個人宅(と思えないオサレなお家)の前に石碑が建っています。
(15:46)

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西問屋跡
万治元(1658)年、松浪清左衛門が開業しました。
(15:47)

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本陣跡、皇女和宮御仮泊所跡
こちらも、民家の一角に石碑が建っています。
(15:47)

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少し奥、玄関入口付近には、和宮が詠んだ和歌「遠ざかる都としれば旅衣一夜の宿も立ちうかりけり」の碑
大湫宿の本陣跡(旧大湫小学校跡)にも同じ和歌の石碑が建っています。

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現在地表示図と広重の「木曽海道六十九次・加納
丁度、宿場真ん中らへんにいることが分かります。この先、江戸へ向けて6つも角(桝形)が出てきます。面白いわねー。
(15:48)

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当分本陣跡、明治天皇御小休憩所跡
当分本陣ってのは、当分の間本陣として定めらていた臨時の本陣だそうで。ややこしいな…。
(15:49)

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左甚五郎が彫った兎の欄間があるという二文字屋(うなぎ屋さん)
(15:50)

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加納宿まちづくり交流センター
旧加納町役場跡に昨年オープンしました。出来たばかりでピカピカです。トイレもめっちゃキレイ!
(15:52)

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船田合戦のパネル展示
斎藤妙純と石丸利光のあいだで明応(1495)年に起きた、土岐成頼の後継者を巡る合戦です。美濃は交通の要衝(東山道)として好立地なため、度々利権争いに巻き込まれ、そうこうしてる間に、後から来た油売りに(2代にわたり)奪われちゃうという。諸行無常。
(15:54)

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加納城ジオラマ
加納藩居城だったこともあり家康が作ったお城、というイメージが否めませんが、最初は、文安2(1445)年、川手城支城として斎藤利永により沓井城として築城されました。船田合戦では斎藤妙純の本拠地になるも、その後しばらくして廃城しました。信長、秀吉の時代が過ぎ、家康の世になり、信長を連想させる岐阜城が癪だったのか、岐阜城が破却され天下普請で構築されたのが加納城です。そんな鶴の一声で建てられたお城も、享保の落雷で焼失、そのまま新政府の時代に移り廃城。残っていた城門などは売り飛ばされました。諸行無j…。
(15:55)

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岐阜の名産品・和傘の展示
ことの始まりは、寛永16(1639)年、播州・明石藩から移封した松平光重が連れてきた傘職人。塩梅よく、美濃は丈夫な和紙の産地でもありますしね。
(15:57)

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触れる和傘コーナー。体験コーナーはやっちゃうよねー。
覚えている限り人生で初めて和傘を開いたかも。重厚感がありました。

中山道の街道から、ちょっと離れて加納城址を見に行きますよ!
続きはこちら☆



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