清洲城と周辺さんぽ(2021年1月)

信長ゆかりの清洲城とその周辺をさんぽしてきました。

清洲城

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到着ー。
車は清洲総合福祉センターの駐車場に停めました(17:00クローズド)
こちらの入り口から進むと、古城公園、信長を祀ったお社、ふるさとの館(物販、休憩ブース)などを眺めつつ大手橋、清洲城へ向かうことができます。

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五条川沿い、大手橋手前に到着。看板の右手に築城当時の石垣の展示があります(詳細は下記参照)

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お城も大手橋も結構最近になって再現されたものですが、キレイですねー。

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お城に到着。
庭石は木曽御岳石、玉砂利は菰野砂利を採用しているそうです。
御岳石、猛々しい黒褐色が素敵ね(安山岩です)

拝観料はおとな1人300円。JAF割引が効いて250円。具足、発掘出土品など内部展示は撮影禁止です。
展示はパネルと出土品、複製品、映像が同じくらいの規模です。
特に面白かったのが、火縄銃の模造品(触れる)と取り扱い方法。長篠の馬防柵のミニチュア版みたいなのが展示してあって、三段打ちが疑似体験できるというもの。ところで、長篠合戦図屏風を見ると、一部、馬防柵より前で鉄砲構えてる軍勢がいて震える…。ちなみに、この馬防柵の資材は、美濃からえっちらおっちら運んだものらしい。設楽原も相当な山ですよ?当時は塩梅のよい木材があまり生えてなかったのかしら。
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椅子は着席禁止。殿専用だそうな。
椅子ならいいんじゃない?と思ったけれど、これも撮影禁止なのかしら。

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石落とし
戦の際、ここから石を落として敵襲を防ぎます。まあ、城内に敵が侵入してる時点で、既に切迫した状況ではある(苦笑)

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下から見上げるとこんな感じ

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天守階に展示されている、お触りOKの鯱。太鼓もあったよ。
触っていいなら、写真もOKでしょ、という判断ですが、どうなんだろう…。

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大手橋方面を俯瞰
見れば見るほど、新幹線と東海道本線の存在感(笑)

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写真では分からないけれど、鯱の尾びれの先あたりが名古屋城。
清洲越しで家康が全部あっちに持っていきよった。距離にして2里(8㎞)くらい。

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キリンビール名古屋工場ビュー
貯蔵タンクがビールジョッキ!
以前は宣伝活動の工場見学が行われていました。古い記事だけれど、2012年に工場見学した時の様子はこちら↓
コロナが収まれば、工場見学が再開されることでしょう。見学事体は無料でも、ショップでついお土産買っちゃうよねー。

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芸能文化館で甲冑の展示が行われていました。カッコいい!!

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そのまま屋外に出られるようになっています。
出てすぐのところにある水琴窟。竹に耳を近づけてみたけれど、何も聞こえなかった…。
どうやら、手前の砂利に水を撒くことで音が出るみたい。勉強になったわー。

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スタンプもあるよ!

大手橋を渡って公園方面へ。

清洲公園


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五条川堤防沿いに当時の石垣が展示されています。石垣の構造まで分かるスグレモノですなー。

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説明によると、石垣に用いられている石材は濃飛流紋岩だそうです。
濃飛流紋岩は恵那山付近から白川村地域にいたる広大な地域に分布する巨大な火山岩体、だそうで、木曽川(山のほうでは飛騨川)をどんぶらこっこと流れるうちに角が丸くなったのかもしれませんね。

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信長と帰蝶の像
信長が桶狭間へ出陣(永禄3(1560)年)するときの様子だそうな。具足が室町風ですなー。
ちなみに、深海のアイドル・オオグソクムシは、具足のような甲殻が名前の由来です。ダンゴムシってグソクムシに激似よね。

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公園内に作られた模擬(?)桶狭間山
ええー…と思ったのだけれど…

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小山の前に建っている看板を見ると、間違ってはない模様(苦笑)

清洲古城跡公園

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本来、お城があった場所です。今は石碑と信長をお祀りするお社が残るのみです。

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信長を祀っているお社

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お社の横に建っている石碑。
「右大臣織田信長公古城跡」と彫ってあります。

お城でもらったパンフレットに記載のあった興聖山 總見院へ行ってみましょう。

總見院

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織田信雄が父信長を弔うため、伊勢国桑名郡大島の安国寺を引き取り「景陽山總見寺」(開山・瑞恕忠嶽)を開きました。が、その後の天正地震(天正13(1585)年)で寺院が大破、当地に再建します。しかし、その後の清洲越し(慶長15(1610)年)で無住となります。
さらに時代が進んだ、正保元(1644)年、總見寺3世永吃閩山の隠居所として尾張藩主徳川義直によって再興されます。
それからさらに140年後、天明5(1785)年に、柏原織田家より、織田信長焼兜が奉納され、現在でも寺宝とされています(見学は要申し込み)

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信長墓所。ここだけでなく、京都はじめ、東は静岡、南は高野山(和歌山)など、全国15か所に存在するそうです。
お墓参りだけで2、3日かかる(笑)

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本堂
拝観は要事前申し込みで、対応時間は10時から16時まで。信長の兜だけでなく、徳川ゆかりの品々も見学できるそうです。すごいわね。

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本堂裏に、マンサクが咲いていました。
Wikipediaで該当ページを見ると、学名が「ハマメリス・ジャポニカ」になってます。固有種かしら。英名だと「Japanese witch-hazel」 ウィッチヘーゼル…。セイヤーズの化粧水しか思いつかない…(発想が貧弱)

清洲城と周辺はこんな感じ。
さて次はどこに行こうかな。

関連記事:
安土城址に、信長が築城と同時に開いた摠見寺跡や秀吉が建てた信長廟があります。


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