堂洞城址さんぽ(2020年10月)

加治田城から目と鼻の先(約1km)に位置し、信長の美濃攻略の折、堂洞合戦の主戦場となった堂洞城址を歩いてきました。


堂洞城址

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国道418号沿い(ファミマ蜂屋町店対面)にある石碑
今回、記事にするのにあたって「国道418号」でググったら、wikipediaの該当ページに「落ちたら死ぬ」の画像があって笑った。酷道だったか…(R418とR157が温見峠で重複してるみたい)
城址までは、ここから道なりに2㎞くらい。伊豆神社、溜め池を越えたあたりから林道になるので、進路に躊躇しますがそのまま進んじゃって大丈夫。ただし、幅員ぎりぎりで離合が厳しいので走行注意。

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がっつりゴルフ場の敷地内と思しき給水塔脇に駐車。ここと城址前で2、3台駐車可能な感じ。

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いざ登城

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暫く進むと、いのししどころか、人間の侵入も阻むフェンス(まあ、私有地ですしね…)
説明表示が小さいのだよー。

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左右から土砂を積んだ、袖曲輪のような一本道を進みます。

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本丸に向かって右手側にゴルフ場(クレセントバレーCC)ビュー
左手側は木々に遮られ眺望なしです。

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更に向こうに、高木山のよろこびの砦

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すぐに本丸跡に到着。年季が入りすぎてる看板
(註:令和2年11月、看板が新しく更新されたようです)

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裏に「南無阿弥陀佛」と彫字されています。
お塔婆の日付は平成26(2014)年になっていました。合戦の450回忌ですね。

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四等三角点「夕田」
標高191.4m

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来た道を戻って八畳岩へ。

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案内表示がちょっとおしゃれ

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十数メートルも進むと…

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またくたびれた看板

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の先に八畳岩
小さな礫が集積した礫岩っぽい感じです。8畳(15平米)は盛りすぎだけど大きな岩です。

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反対側から。舞台みたいな形です。
さらに進んでみましたが、踏み跡もなかったので引き返してきました。まあ、私有地(略

伊豆神社

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城址が思った以上にあっさり終了してしまったので、往路途中にあった伊豆神社に寄り道。
神社庁のHPによると、主祭神は事代主命で、
三嶋大明神を勧請し、更に伊豆神社と崇敬す
だそうです。三嶋大社の分霊だから伊豆神社…なるほど。

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石段を登った先にお社

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巴瓦に「伊」
このフォント、なんかカワイイ。

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立派な彫刻

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銘板が横に控えめに据えてありました。

瑞林寺

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さらに帰路道すがら、瑞林寺にも寄り道。
こちらのお寺さんは、8代美濃守護・土岐成頼の開基、仁済宗恕禅師開山の名刹です。
また、宗恕和尚が干し柿(堂上蜂屋柿)を10代将軍足利義植に献上したことから、柿寺と呼ばれているそうです。
宗恕和尚は妻木の崇禅寺や春日井の泰岳寺の住職も務められた方です(というか、9世まで崇禅寺と泰岳寺は住職兼務でした)
関係ないけど、泰岳寺の副住職様のブログは、いつみてもホントちゃらい(笑)

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鐘楼

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山門

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山門を見上げたところ。天井に貼ってあるのはお塔婆かしら?

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本堂

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お庭も素敵です。

堂洞城址、伊豆神社、瑞林寺はこんな感じ。
さて次はどこに行こうかな。

中濃三城盟約の一つ、関城址(安桜山城址)へ訪れた様子はこちら↓


堂洞城址からすぐ。加治田城址へ訪れた様子はこちら↓


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