加治田城址と梨割山に登ってきました その1(2020年10月)

数多の攻城戦で無敵だったことから却敵城と呼ばれ、関城(安桜山城)、堂洞城とともに中濃三城として歴史に影響を与えた加治田城と麓の清水寺、城址につながる梨割山に登ってきました。

今回のGPSログ(ルート)はこんな感じです。所要時間と距離は、1時間53分(休憩11分含む)、4.5㎞です。
kajita-20201009131009.png

kajita-oct2020-01.JPG
清水谷川公園に駐車してスタート(10:41)
7~8台くらい停められます。トイレも完備。

kajita-oct2020-2 (48).JPG
標識に沿って進みます。

kajita-oct2020-2 (47).JPG
右手にお稲荷さん(10:47)
最初のうちは林道が続きます。

kajita-oct2020-2 (45).JPG
山に入ってきましたよ(10:51)

kajita-oct2020-2 (43).JPG
山神様(10:54)

kajita-oct2020-2 (40).JPG
加治田城址、梨割山分岐(10:58)

kajita-oct2020-2 (39).JPG
城址へは直登(近道)と巻道があります。直登(近道)を登り切ったところ。

kajita-oct2020-2 (37).JPG
城址遺構が出てきました。曲輪(11:04)

kajita-oct2020-2 (36).JPG
ここも地質は美濃帯のチャート。

kajita-oct2020-2 (34).JPG
帯曲輪(11:08)

kajita-oct2020-2 (33).JPG
本丸跡に到着。あまり広くないです(11:10)

本丸跡に設置されている案内板によると…
信長の美濃攻略に備えて、関城主・長井通利を盟主に、堂洞城主・岸信周、加治田城主・佐藤忠能は中濃三城盟約を結びます。この時、盟約の手土産として佐藤忠能の娘・八重緑(やえりょく)が岸信周の養女として堂洞城に入ります。
時が進み、戦は斎藤龍興側がいよいよ劣勢になります。佐藤忠能は家臣・梅村良澤を遣い信長側に離反。加治田、堂洞で戦になります(堂洞合戦) 合戦前夜、堂洞城へ入っていた八重緑は磔に処され、この戦で岸信周は一族諸共自刃もしくは討死、堂洞城は落城します。
堂洞城が落城し、関城の長井通利は加治田城を攻撃(関・加治田合戦)するも、斎藤利治の援軍もあり長井道利は敗北、関城も落城します。
案内板には、(若干言い訳がましく)忠義を尽くすか(堂洞)、領地を守るか(加治田)かは判断が分かれる…的なことが書いてありましたが、小国が生き残るには蝙蝠に成らざる得ないのは歴史の理なので、簡単に善悪を決められるものではないでしょう。
そうじゃなくても、親子兄弟で殺し合う時代ですし。

kajita-oct2020-2 (32).JPG
本丸跡からの眺め(11:12)

Post from RICOH THETA. #theta360 - Spherical Image - RICOH THETA

theta360だとこんな感じ

kajita-oct2020-2 (31).JPG
腰曲輪の残骸(11:13)
本丸から更に進んでみたけれど、藪の茂みと急坂に断念。

kajita-oct2020-2 (25).JPG
本丸から西に進んだところからの眺め。ちょっとした岩場になっています。
上の地図の★箇所です。

kajita-oct2020-2 (21).JPG
城址を後にし、梨割山に向かいます。復路は巻道ルートで分岐へ。

kajita-oct2020-2 (20).JPG
梨割山へ。分岐の標高が200mくらいなので60mくらい登り直しです。

長くなったので記事を分割します。続きはこちら↓



中濃三城盟約のひとつ、関城(安桜山城)訪問の様子はこちら↓

この記事へのコメント