福厳寺と大草城址を見てきました(2020年4月)

小牧市大草にある曹洞宗の古刹・大叢山福厳寺岩倉織田氏に仕えた西尾式部道永が築城した大草城址を見てきました。


大叢山福厳寺

放生池
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放生池…だと思います。お寺さんにある池なので(単純)


宝篋印塔
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志野釉の陶器で作られている宝篋印塔です。
天保7(1836)年に作られましたが、明治24(1891)年の濃尾大地震で倒壊、明治33(1900)年に再建されました。

山門
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立派な彫刻!


境内
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本堂
文明8(1476)年、大草城城主だった西尾式部道永によって建立されました。開基は盛禅洞奭和尚。

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仏舎利殿
大正5年に、大正琴発明者の森田吾郎氏が大運寺に寄進したものを、昭和42年に福厳寺に移築したそうです。

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唐破風下の彫刻がすてき。


秋葉三尺坊
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向拝幕に天狗の羽団扇と五七桐

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ろうそく立が羽団扇の形になっていました。傍らには、一本歯の高下駄
平地では体幹トレーニングくらいの用途しかない(ってことはないけど)一本歯の下駄ですが、山岳地の歩行には最適だそうです。

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金剛水

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遠くにお墓らしき石塔(立ち入り禁止区域でこれ以上近づけませんでした)
石塔の配置が武家っぽいので、西尾家墓所かも知れません。

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秋葉三尺坊の本堂裏は、坪庭になっていました。オサレ。

大草城址

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こちらの白山神社が城址。専用駐車場はありません。
福厳寺から徒歩5分くらいです。

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城址入口には、城山緑地の看板が建っていました。
手作り感満載でかわいい。

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白山神社と大草城址

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石碑と案内表示

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常夜灯

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案内表示によると、西尾式部道永(にしおしきぶどうえい)によって文安(1444~1449)年間に築城。道永は三河西尾の出身と言われ、岩倉織田氏(伊勢守家)に伏侍。その後、織田家の家督争いで大草を離れ、天文17(1548)年ごろに大草城は廃城になった、とのこと。

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踏み跡を辿ってみたら、よそ様の敷地に侵入。
どこまでが遺構か分かんないです(苦笑)

ところで、岐阜県瑞浪市にある刈安神社は、大草城主・西尾道永を祭神 としています。由緒由来に、
文明の頃尾州の春日井郡野口の城主西尾式部道永城ひて住み、刈安城と称し、
とあるので、神社が苅安城址とみてよさそうです。ちなみに、文明年間は1469年から1487年。
この頃のできごとは、蓮如の越前入りが文明3(1471)年、応仁の乱が終結したのが文明9(1478)年、享徳の乱が終息したのが文明14(1483)年。太田道灌がお風呂で謀殺されたのもこの頃(1486年)です。

山中の神社なので、人が密集することはないと思うけれど、新型コロナウイルス騒ぎが収まったら苅安神社にも訪れてみたいです。

後日追記:資料によると、西尾道永が吉良荘を出て大草に入ったのは文安元(1444)年。その後、大草を離れ、斎藤道三を頼って美濃に移り、永正15(1517)年、美濃国の内乱で戦死したそうです。

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