内津峠周辺さんぽ(2020年4月)

日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が建稲種命(タケイナダネノミコト)水死の報を聞き、「あゝ現(うつつ)かな」と嘆き悲しんだことが地名の由来、そして神話の時代から幾星霜、戦国の時代には秀吉方の妻木頼忠が布陣した、内津峠周辺を散歩してきました。

下街道(したかいどう)

江戸時代に中山道大井宿・大湫宿間の槙ヶ根追分と名古屋城下伝馬町を結んだ街道で、ほぼ現在の旧国道19号(岐阜r421、岐阜r352、愛知r508)です。
下があれば上もあるわけで、上街道は、中山道伏見宿と名古屋城下東片端を途中で小牧宿を通り結んでいました。

内々神社
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内々神社
延喜式神名帳にも記された由緒のある神社です。
主祭神を建稲種命。日本武尊、宮簀姫命を配神としてお祀りしています。
タケイナダネ(建稲種命)は、ミヤズヒメ(宮簀姫命)のお兄さんで、ミヤズヒメはヤマトタケルノミコト(日本武尊)の奥さんです。
(註:ヤマトタケルノミコトには嫁が沢山いました)

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神社由来

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社殿
信州諏訪の名工立川一族の建造だそうです。江戸末期に建てられました。

天正12(1584)年の小牧・長久手の戦いで、森長可に仕していた妻木城主・妻木頼忠は内津峠に布陣します。
その時の兵火によって、こちらの内々神社を含め、周辺一帯が消失しました。
慶長18(1613)年に、この時の兵火を詫び鐘楼を寄進したと伝えられています。
(鐘楼の寄進は、神仏習合由来でしょう)

妻木城址見学の様子はこちら↓


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立派な彫刻!

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社殿の裏に回遊式庭園が造られています。
室町時代の僧侶・夢窓疎石の作庭と言われています。
内津から近いところだと、多治見市虎渓山の永保寺庭園が夢窓疎石によるものです。

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お庭を越えてさらに進むと、旧妙見宮奥之院
巨石がお祀りされています。

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お庭に戻って、山に分け入りそうな小道を登っていくと、東海自然歩道支線になります。
看板が薄くなっちゃってるけど「すみれ塚」の表示。内津の俳人・長谷川三止によって建てられたものです。

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すみれ塚横の俳句ポストが併設されている東屋。
すてきなお謡がこれっぽっちも、何も浮かばない…。川柳さえ思い浮かばないよー。
「困ったな、風光明媚、浸るだけ」…五七五になってる?(でも季語入ってない。川柳だ)

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道なりにしばらく進むと、北山展望台
展望台から先に進めそうな感じだけど、今日はこのあたりで引き返しておこう…。

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神社に戻ってきました。
内々神社の絵馬は、達磨とすべらずの松

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すべらずの松は、松と百日紅が一つの木として共生している珍しいものです。

妙見寺
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内々神社の隣には、妙見寺
天台宗密蔵院・慈妙上人によって建てられました。
山門前の寺標には「北辰妙見尊・内津妙見寺」と記されています。
北辰ってのは、北極星ですが北斗七星を指すこともあります。本堂の向拝幕を見ると、七つ星が描かれているので、こちらの北辰は北斗七星を表しています。
あ、あれだ、秘孔を突くってやつでしょー(大間違い)

鵜飼邸
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明治初めまで内津には、旅籠10軒、問屋13軒を含む民家が130軒ほどあり、商人、旅人の往来で栄えました。鵜飼家は、江戸時代中ごろから当地に居住し、幕末から大正初期まで、金勢丸(腹薬)、正生丸(熱さまし)などの薬をはじめ、味噌、たまりなどの製造行ってもいました。

明治天皇御小休所旧跡
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明治13年6月の山梨、三重、京都御行幸の折に下街道を通られたそうです。
小休憩、なので本当にお茶を一服程度の滞在だったのかも。とは言え、今でも宮様のお出張りは大ごとなので、当時のそれは、もう上を下への大騒ぎだったことでしょう。

見性寺
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水洞山見性寺
江戸時代の俳人・横井也有ゆかりのお寺さんです。

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卍室長吉和尚によって、天文2(1533)年に開かれた、大草・福厳寺の末寺です。
安永年間には、大須・万松寺の綱国玄提大和尚によって再興されました。

福厳寺へ訪問した時の記事はこちら↓


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左に小さく映っているのが、横井也有座像
53歳で仕事(尾張藩士)を引退して、82歳で亡くなるまで趣味人として生きたとか、今時のシニアみたいだわ(笑)
だってほら、65定年で人生100年とか言うじゃない。

東海自然歩道

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旧妙見宮奥之院を国道19号バイパス方面に向かいます。
以前は、歩道(上の画像)がそれなりに整備されていたのかもしれないけれど、廃道と化していました…(途中からがっつり藪こぎで、進行断念)

内々神社奥之院
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採石場へ出入りするダンプに怯えつつ、内々神社奥之院、窟屋神社に到着。
旧妙見宮奥之院から600mくらいです。

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霊神2柱の後ろの石階段から、さらに進むと…

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「左展望台 右奥之院」の案内表示があるので、まずは右方向へ。

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しっかりした鉄の階段を登ると…

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奥之院

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からの19号バイパスビュー
画像に写ってないけれど、名古屋駅のツインタワーとかも見えました。

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さらに進むと、もう一つ祠がありました。
ここから、もっと進むと奥之院の岩窟の上に出られるそうです。…が、足をかけれそうな場所がなく断念。ここまででも結構急峻ですよ。

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さっきの案内樹のところまで戻って、踏み跡を辿ってゆくと…

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道幅の広い林道に出ます。
丁字路を右に進みます。

内津峠展望台・NTTdocomo内津無線中継所
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道なりに坂を登ると、大きな鉄塔を備えた建物があります。

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NTTdocomo内津無線中継所です。

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立派なアンテナを横目に、

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隣の階段を登ると...

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内津峠展望台
丈夫なコンクリート製です。

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内部壁面には親切な説明が描かれています。
説明を参考に山座同定してみましょうかね。

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んー…
…何も見えん!

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展望台の裏手には「四等三角点 北山」があります。

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来た時は、丁字を右に折れましたが帰りは真っ直ぐ進みます。
黄色い車止めを越えてさらに進みます。

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東海自然歩道は緑の矢印、それ以外は白の矢印で表示されています。

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来た道を振り返るとこんな感じ。
坂を下ったところにはNTTdocomo内津無線中継所の看板が立っています。

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国道19号線バイパス跨道橋を渡ると下街道(旧国道19号)

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普段、車でびゅーと通り過ぎる所を俯瞰。楽しー。

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配水場のところまで戻ってきました。ここまで来たら、内々神社まではもうすぐ。

国道19号線・内津峠簡易PAからの散策路

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国道19号バイパスを通るたびに、内津峠簡易PAの隅にある「散策路」の看板が気になって仕方がなかったので行ってみました。

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普段、人が入っていない感満載です。

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19号の下をくぐります。電灯ひとつなく、天井も低く何とも気持ちの悪いトンネル。
(実際は画像の倍くらいの暗さでした)

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トンネルを抜けました。左に写っている階段は後で登ってみましょう。

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立ち入り禁止の看板
散策路があまり整備されていないのは、私有地と公有地の境が曖昧なのかも知れません。

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道なりに進むと、下街道にあたります。
左に進むと内々神社です。

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どこに出るか分かったので、来た道を戻ります。石畳のほうです。

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花崗岩質の地層が露出しています。
(往路は周辺の気味が悪すぎて地質を見る余裕もなかった(笑))

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トンネルを抜けたところにあった階段を登ってみます。

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国道19号名古屋方面に出ました。

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長野方面と同じ看板が立っています。

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GPSログ。長野方面PAからスタートしています。
散策路がもう少し安全に整備されていれば、名古屋方面PAからは内々神社、妙見寺、下街道へのアプローチに最適ですが(トイレも自販機もあるし)、この道ではちょっと厳しいかも。下街道に出る前に心が折れそう(苦笑)

今回の内津峠周辺散歩はこんな感じ。ちなみに、1つの記事にまとめちゃっていますが、3回に分けて歩いています(1回目は、内々神社から北山展望台まで。所要時間50分くらい。2回目は、内々神社から奥之院、展望台、下街道で1時間半くらい。3回目は散策路のみ往復15分程度。当然ですが2回目の散歩が一番距離も長くハードです。次回は、峠から春日井三山(弥勒山、大谷山、道樹山)を歩いてみたいです。
今回の散歩コースにも含まれる東海自然歩道ですが、優し気な名前と裏腹に、結構な山歩きがあったりするので、距離を歩く場合は、足元はスニーカーかトレランシューズ(舗装路も歩くことを考えるとトレッキングシューズより楽)、下りはストックを使ったほうがいいかもです。もう、こうなると散歩ってレベルじゃねーよ、って言われそうだけど...。

名称について。
神社は「内々神社」、地名は「内津」です。
神社が先にあって、街道として人が多く集まる(=津)ために、内々に津がついて内津になったそうです。
ちなみに「津」は字にさんずいがついているところからも分かるように、水にまつわる意味のある字で、「津」はもともと船着場や港を表す字でした。船着場や港には人や物資が多く集まるので、そこから長じて、人が多く集まるところを「津」と表現するようになったそうです。
また、その他の意味として、動物の体液(涙とか汗とか唾液とか、身体から出る汁)を表したりもします。



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