岩崎山砦跡に登ってきました(2020年3月)

天正12年(1584年)の小牧・長久手の戦いの際に、豊臣秀吉方の稲葉一鉄・貞通親子らが4千の兵を率いて布陣した岩崎山砦跡に登ってきました。
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岩崎山の名前の由来は、岩の先端が突出していたことだそうで、このあたり一帯は中世には「味岡庄」とよばれた荘園だったそうです。

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詳細な案内板
稲葉一鉄、現在放送中の「麒麟がくる」では村田雄浩さんが演じていますねー。

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県天然記念物の五枚岩。もとはひとつだった花崗岩が風化により方状節理に沿って割れたものです。

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クサビ跡(矢穴)…かなあ。
岩崎山の石は名古屋城や建中寺などの建造に切り出されたそうです。
石には割れやすい方向(石目といいます)があって、石工はその目を見極めてクサビを打ち込みます。
武将たちが、あちこちに築城した乱世の時代から幾星霜、21世紀の今でも、石材の切断はクサビ打ち込みです。

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熊野神社
祭神は伊耶那岐命

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隣には佐倉惣五郎を祀ったとされる宗吾神社

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山頂。標高は54.9m。岩崎山の山頂は、独山と呼ばれているそうです。

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三等三角点があります。

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さらに奥に御嶽神社

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弘法の踏み跡
巨石に穿った孔です。
ま、一晩で橋をかけたり独鈷で突いて温泉を噴出させたりと有り得ない離れ業を次々としでかした坊さんなので、花崗岩に踏み跡をこさえるくらい、どうてことはなさそうです。

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熊野神社の隣は能登山 観音寺というお寺さんです。
現在は無住で、同じ曹洞宗である、久保一色の庚申寺さんが兼務して下さっています。

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尾張西国三十三観音の石仏
花が手向けられていたり、落ち葉が取り払われていたりと、地元の方が整備に入ってくださっているようです。ありがたいですね。

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切支丹灯篭
このあたりでは、寛文3(1663)年から5年間にわたるキリシタン弾圧(濃尾崩れ)で17人の隠れキリシタンが捕縛、処刑されたと伝えられています。
この灯篭は、石柱の中央部分に膨らみがあり十字架を表しているそうです。また、灯篭下部にはマリア像の彫像が施されています。
…うーん、言われてみれば…って感じ(苦笑)



岩崎山砦跡はこんな感じ。
岩崎山近辺には、同じく秀吉方の久保山砦、小松寺山砦、田中砦、二重堀砦があります。
近日記事にする予定です。 見に行ってきました。

参考文献:永田清成「尾張小牧の地名・逸話ものがたり」



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