大河ドラマ館 観覧と明智町(日本大正村)を散歩してきました。その2(2020年2月)

麒麟がくる ぎふ可児 大河ドラマ館」に続き、 「ぎふ恵那 大河ドラマ館」観覧と恵那市明智町を散歩してきました。
その1↓の続きです。


大明山 龍護寺


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大明山 龍護寺に到着。
光秀の供養塔と明智遠山家の墓所があります。

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山門
光秀の供養塔はこの手前、参道に沿ったところにありました。

光秀供養塔

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光秀供養塔
これ以上近づいちゃいけない雰囲気だったけれど、考えてみれば近づかなきゃお参りできないわ…。
(鳥居の前で頭下げてきました(笑))

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供養塔の横に貼ってあった系譜図
光秀だけでなく、明智家にはいろんな説があるけれど、光安=遠山景行説は、ちょっと厳しいんじゃないかな...と思わなくもないかも...。

本堂

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天水受けに遠山家の「丸にに引き」の紋が入っていました。
芝も庭木も、めっちゃキレイに手入れされていて、清々しい空間でした。

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本堂前に埋めてあった仏足石
仏足石というのは、お釈迦様の足裏を模したものです。描かれた模様にはそれぞれ意味があって、踵の部分は梵王頂、その上(足裏の真ん中部分)は千輻輪です(全部紹介すると長くなるので、気になる方は仏足石でぐぐってください)

達磨堂

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ご本尊・北辰妙見達磨とありました。
北辰は北極星のことです。

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達磨堂内部は、当然の事ながら達磨さんだらけ。
以前、民博でこんなのを見た気がする...(笑)

遠山家累代墓所

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こちらに葬られているのは初代・景行から11代・景珍まで。のちに浦賀奉行を務めた12代・景高のお墓は西日暮里、瑞応山南泉寺にあるそうです。

八王子神社


本殿

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金幣社(岐阜特有の社格。戦後廃止された社格ですが、上杉一枝氏が岐阜県神社庁長官になられた時、岐阜県内の神社のみ近代社格制度に倣い金弊社、銀弊社、白弊社、 無格社の4つに分類しました)だそうです。立派なはずだわー。
大棟に遠山家の「丸に二匹」の紋が入っています。

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重軽石がありました。
無心で持って重さを覚え、願いごとを念じて再度持ち上げます。軽く感じれば願いが叶う可能性があり、重く感じたら精進が必要とのこと。
「みんな健康で元気に」という私の抽象的な願いが叶う日は遠いわ...

光秀公手植えの楓

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こちらの楓は枯死により、昭和の時代に植え替えられたものだそうです。
今は葉が落ちて痩せちゃってるけど、春の青もみじ、秋の紅葉が美しいんでしょうね。

唐門

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こちらの唐門は明智城(白鷹城)の城門を移築したものだそうです。

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唐門から参道を俯瞰したところ。

中馬街道


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神社前の南北街道(飛騨街道)を南に進むと、中馬街道との道辻に差し掛かります。

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街道を北に向かうと中山道、南に下ると三河国、東へ行けば信州・伊那路、西へ進むと尾張国。
中馬とは江戸時代、信濃・甲斐を中心に発展した駄賃馬稼です。信濃飯田藩・飯田宿が中馬の根拠地で、外地域からは塩、茶、陶器、鉄、綿などが入り、信濃からは豆、米、麻、酒、煙草などが出されました。

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明智町のマンホールの蓋は、県指定天然記念物の団子杉と旧明智町(2004年に恵那郡から恵那市に合併されました)の木・カエデ

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自販機も光秀仕様!
駐車場に戻ってきました。ゆっくり見て回って、全部の所要時間2時間半くらいです。お散歩に最適。

さて、次はどこに行こうかな。

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