[旅]ペリリュー島戦跡ツアーに参加しました その1(パラオダイビング(2019年9月)その19)

9月22日から27日まで5泊6日の日程で、10年ぶりにパラオへダイビングに行ってきました。
その18↓の続きです。


最終日は、残留窒素の関係でダイビングができません(浮上後18時間はフライト不可。推奨は24時間) 
そのため、以前から気になっていたロックアイランドツアーのペリリュー島戦跡ツアーに参加しました。
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良い天気です。今回は滞在中、ずっと晴天に恵まれました。
8時50分に現地ツアーのピックアップが到着。

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マラカル島のカフェ・ヴィータの桟橋から出発します。
ちなみに、移動は奥の小っちゃいボートです(笑)

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ペリリュー島はコロールから南西に40㎞、ボートで1時間ちょっとくらいの距離です。

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ペリリュー島に到着。
この島に来るのは2度目です。前回の目的はダイビング(そのためオレンジビーチにしか上陸していません)です。

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チュークを彷彿させる感じ。すてき。

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島内はバンで移動します。冷房もバッチリ効いて快適でした。

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これも戦前の遺構です。橋脚

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日本軍のトーチカ

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ノースドッグ(北波止場)からすぐの水戸山に掘られた千人洞窟(thousand man cave)
日本軍の要塞兼野戦病院として使われました。

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内部は、蟻の巣のように縦横無尽に坑道が掘られています。
遺骨などは収拾されたそうですが、当時使われたものが残ったままです。

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キリンビールの瓶。文字が右から書いてあります。
戦況悪化の物資不足で、空き瓶も火炎瓶として再利用されたそうです。

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排水溝の跡

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洞窟の別の出入り口に残る、火炎放射器掃射の跡(黒くなってる部分)

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こちらも日本軍のトーチカ

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銃眼には狭間が用いられています。

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看護師が駐在している診療所。島唯一の医療機関です。
重病、重傷患者はコロールへ。そこでも厳しい場合は、グアムやフィリピンの病院へ移送されるそうです。

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小学校
手前の石碑は、戦時中に日本軍によって建てられたものです。

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米兵が運動会か何かの準備をしていました。
パラオには軍隊がないので、独立した今でも国防はアメリカ頼りです。

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戦没者慰霊碑(みたま)
墓地の一角に作られています。
ペリリュー島には水戸(歩兵第2連隊)や高崎(歩兵第15連隊第三隊)など、北関東の軍隊が多く配備されたそうです。

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中川州男大佐の碑
圧倒的不利な状況のなか、海兵隊を全滅(損耗率50%)に追い込めたのは、兵力を温存しゲリラ戦術を用いた中川大佐の手腕によるところが大きく、のちの硫黄島、沖縄などの戦法につながったそうです。

長くなってきたので、記事を分割します。
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