[旅]和歌山(2016年10月) その1(1日目前編)

潮風にあたりたくなったので、1泊2日で和歌山に行ってきました。

今回の移動手段は自家用車。ルートは、自宅→田辺市(南方熊楠顕彰館、旧南方熊楠邸)→和歌山市和歌の浦(片男波公園、妹背山)、萬波・泊→和歌山市加太(友が島)→自宅 です。

まずは、南方熊楠顕彰館
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白浜にある南方熊楠記念館には訪れたことがありますが(10年以上前ですが)、こちらは初訪です。

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施設遠景(右が顕彰館で、左が熊楠旧居)
モダンで素敵です。

顕彰館内は熊楠自身の資料(直筆の手紙や写真など)は撮影禁止です。画像は、レプリカ及び熊楠自身による資料以外のものです。
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神島(かしま) 場所は北緯33°42'、東経135°22'50"
熊楠が自然保護を訴えた島です。ここで発見、研究した粘菌は、その後キャラメル箱に納められ、昭和天皇に献上されました(このエピソード好き!)

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昭和天皇に粘菌を献上したときのキャラメル箱(複製)
思ってたのと違う!!(もっと小さいものを想像していました)

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桐箱(複製)も展示されていました
ちなみに、御進講にあたり、桐箱も用意したそうですが、手袋をはめたままでは蓋が開けづらいことから、キャラメル箱でのそれに相成ったそうです。なかなか合理的。

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手紙(レプリカ)
注文人 柳田國男様 の文字が読めますね。

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ロンドン抜書(レプリカ)
熊楠はロンドン滞在中の8年間、大英博物館と南ケンジトン博物館(V&A博物館)に通いつめ抜書を行いました。その数は、分厚いノート52冊!

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神島の粘菌いろいろ(以下、ピンポイントで拡大)

ちなみに、この展示の反対側に、熊楠と関わりがあった人々が展示されていました。
柳田國男だけでなく、孫文や牧野富太郎の名前まであって驚きました。魅力的な人だったのですねえ。

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オオムラサキホコリ
もっふもふですね。ムックみたいなカモフラージュ、なんだっけ、あのチューバッカみたいな。
いや、そんなことはどうでもいいです。
枯れ木に生息し、世界中いたる所で見られる粘菌だそうです。

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キケホコリ
球形~倒卵形、黄色~黄土色で密生する変形菌です。

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シロモジホコリ
プチプチとしている白いやつです。こちらの菌は腐りすぎていない枯れ木がお好みのようです。

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きのこ!(展示には「菌類」と表記。きのこも菌類の仲間です)
左のは霊芝っぽいですね。漢方薬の原料のイメージ(笑)

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熊楠の机を再現。
手前の足2本を短くして、傾斜がつけてありました。

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机の上には、ノートや手紙の複製が展示。
ラミネート加工が施してあるので、手に取って眺められます。

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熊楠の日記
6月7日の受信欄には、柳田國男の名前が見えますね。6月8日の受信に書いてあるのは、フランシス・エドワーズ(Francis Edwards…書店の名前)かしら…。
熊楠の日記は、1885(明治15)年から1941(昭和16)年まで欠かさず残っており、膨大な量と難解な内容を目下、解読中だそうです。
すでに解読されている部分は、八坂書房から南方熊楠日記をして出版されています。

著名人であれ、そうでないにしろ、よそ様の日記を読むのは楽しいよね(手紙を読むのも楽しい)

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画材

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タケリタケの標本
この標本だと、ちょっとくたびれちゃっていますが、画像検索で見ると名前の由来に納得。
こんな勇ましい姿なのに、その生態は、他のきのこに寄生とか、なかなかのクズっぷり(笑)

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タンスイベニマダラ
岩や小石に覆う藻類です。水が清らかなところでのみ生息。そのため、絶滅危惧種なのだとか。

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いろんなサンプルを顕微鏡で観察できるスペース

このほか、撮影禁止箇所のため画像がありませんが月例展示として、「熊楠とゆかりの人々28回 孫文」の展示もありました。孫文と言えば、ウィンストン・チャオが「1911」で演じていましたねー(それより前、「宗家の三姉妹」でも孫文役を演じていました)
彼らを引き合わせたのが、大英博物館・東洋書籍部長、ロバート・ダグラス。
熊楠は、孫文のことを、ダグラスへの手紙で、「彼はよき陰謀家となれる器ではないし、あなたの伝える台湾と日本でのあぶない行動も、まさにそれを示しています」と表し、ダグラスも「not the mental of which good conspirators can be made」と評しています。革命家に向かない、実直な人だったのかもしれません。

次に、隣の旧南方熊楠邸を見学
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風通しのよさそうな日本家屋です。

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熊楠の研究部屋を再現…かな

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蔵のようす
そこはかとなく黴のにおい。

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井戸小屋
棚の篩や甕がいい感じです。

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庭には大きなクスノキ
1916(大正5)年、熊楠がここに入居した時には、すでにこのクスノキがありました。自分の名前の文字も含まれるこの木を来客に自慢していたそうです。
ちなみに、クスノキの樹木や葉、根っこを水蒸気蒸留し得られたものが、衣類などの虫除けに使われる樟脳です。

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外壁が瓦を突き刺した意匠。カッコイイです!

その後、田辺市内で煮魚定食を食べて、宿のある和歌山市内へ向かいました。
つづきはこちらから☆

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