[旅]チュークダイビング(2016年9月) その7(3日目前編)

9月18日から23日まで5泊6日の日程で、ミクロネシア連邦のチューク諸島(トラック諸島)へダイビングに行ってきました。

3日目(前編)
P9200598
部屋から見た、朝の様子。これだけ見るとリゾートっぽいです。

P9200599
朝ご飯は、コンチネンタルブレックファースト再び
このメニューが、一番はやく運ばれてきます。そして、何より一番安いです。

P9200603
ダイビングに行きますよ!
一日目と同様、ブルーラグーンダイブショップのボートで出発進行

P9200608
1本目は、平安丸
1930年4月進水、同年11月竣工の日本郵船の貨客船です。横浜・山下公園に係留されている氷川丸は、この船の姉妹船です。三姉妹で、一番上の姉様が氷川丸、真ん中が日枝丸(ひえまる)、末っ子がこちらの平安丸でした。どれも、頭文字「H」から始まるこの3隻、名前の由来は神社です。
1941年10月、日本海軍に徴用、1944年2月17〜18日のトラック空襲で戦没するまで、第6艦隊の特設潜水母艦として、潜水艦への物資補給や乗員の休憩用として使われました。
現在は、右舷側を上にし横倒しの状態で眠っています。

P9200613
埋もれかけている「平」の文字

P9200610
やかんと電話

P9200611
やかんに残る、桜に錨のマーク

P9200630
下の長い管みたいのは、潜望鏡

P9200637
船内に残る食器

img201
ログブックはこちら↑
間違えて、次の山鬼山丸の船内で見た写真が貼ってあります…(汗)
09:54→10:40
最大水深 22.7m 平均水深 13.6m
潜水時間 46分

水面休憩のあと、2本目のダイビングです。
2本目は山鬼山丸(さんきさんまる)
P9200647
船首の部分がシュッとしていてカッコイイです!!(小並感)

1942年1月、播磨造船所(現・IHI)にて進水、3月竣工、鏑木汽船所属の貨物船です。
1943年10月に日本海軍に徴用され、一般徴用船(雑用船)として主に南方戦線に物資を運びました。
それにしても、1942年進水で1944年戦没って…!!

ところで、今回のダイビングでご一緒したゲストの方に、船舶関係を生業としているご夫婦がいらっしゃいました(奥様がめっさキュートでした)その方曰く、今現在の船の寿命は10~15年で、この寿命の短さはバラストタンクに発生するサビと付着生物によるものだそうです。
10年て!自家用車並みやないですか(笑)

P9200652
散乱する7.7㎜機銃弾

P9200654
近くで見ると、こんな感じ
ゼロ戦とかに装備されていた97式航空機銃が7.7㎜です。

P9200657
船倉に残るトラック(うっすらと写っています。心の眼を開いて見てくださいw)

P9200666
ゼロ戦のエンジンカウル
プロペラの後ろの黒い部分です。

P9200669
山積みにされた薬瓶

P9200673
こちらも薬瓶。中に落ちているのは、蓋として使われていたコルクが縮んだもの
指が塩水でふやけて、しわしわーw

P9200674
ロウソク
画像では分かりませんが、芯もちゃんと残っていました

P9200678
マストにはサンゴがびっしり

img203
ログブックはこちら↑
11:58→12:43
最大水深 23.9m 平均水深 15.1m
潜水時間 45分

水面に浮上、お昼ご飯の休憩です。
続きはこちらから☆

この記事へのコメント